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成り上がりの騎士と白い奴隷  作者: タコ助
白い奴隷とブリテルナ戦線
6/6

6 誓い


 近頃、魔術による〈製紙〉、〈印刷〉技術は著しく進歩している。

 

 これまで、本というのは貴族階級でしか手に入らなかった物だったが、王都では初の庶民向け書店が開業された。


 今俺が読んでいる新聞は、1週間も前に王都で買ったものだが、忙しすぎたために今ようやく落ち着いて読むことができている。


 新聞の大見出しに目を移す。--〈不死候〉ことオースティン卿が、人類初、生物の死体に魔法陣で生み出した疑似霊魂を埋め込み、アンデットの人口生成に成功しました。ーー


 不死候というのは、生物の魂と魔力の相互関係を研究する魔術師であり、第一騎士団団長の事である。


 今代の当主であるアルデン・オースティン侯爵は、実に300年は生きているとされ、そのため〈不死候〉などという俗称がついている。


(アンデットの製造うんぬんかんぬんに関してはほぼ偽装だろうな。本当に死者の魂を呼び出しましたなんて書いたら教会から大目玉をくらいかねないし、第一そんな研究を理解できる人間が記者なんかやってるとは思えん)


 アンデットというのは世間一般に、主にブリテルナの土地に点在する迷宮に出没する魔物だと言われている。


「それ、王都で売られ始めた新聞ってやつだろ?」


 そう言って紅茶を2人分机に置いたのは、かつての傭兵時代に、弟子のように育てていたダグラスだ。


 昨日偶然この街で出会い、今日ダグラスの宿で会う約束をしていた。


 今いるダグラスの宿は質素ではあったが、王都での俺の宿や、ここに来てからの兵舎の寮より断然広かった。


「そうだよ、ここらでは珍しいだろう?戦争の事に関しては一切触れたがらないのどかな情報誌だよ。」


 そう言って紅茶を口に運ぶと、軽い二日酔いの頭に紅茶の香りが染み渡った。ダグラスは昔から俺がストレートの紅茶が好きなのを覚えていたらしい。


「わかってるなぁ。」


「旦那の好みが変わってなくてよかったぜ。」


 ダグラスは、一度懐かしそうに目を細め、笑みを浮かべる。


 俺はその仕草を見ると、記憶の中ではまだ子供だった弟子が、一気に老け込んだように感じた。


 俺たちは、それから暫く思い出話や近況などを話し込んだ。その時間はとても幸福で、心が安らいだ。そしてその時間は長く続かないということも分かっていた。


 会話にひと段落付くと、ダグラスは笑みを消し唇を少し湿らせ、決心したように言った。


「旦那に俺の宿まで来てもらった理由なんだけどさ、また傭兵として俺らと来ないか?あの戦いで、傭兵は大きく数を減らしたのには違いないが、また集まろうとする動きが出てるんだ。」


 過去の傭兵としての記憶。それは復讐から始まった戦いだが、かけがえのない仲間ができ、大切な居場所にもなった。戻れば、どんなに楽しいだろうか。


「すまないが......それはできない。俺はもう騎士として戦わなきゃいけない理由ができたんだ。」


 俺は、今自分を試していた。もしダグラスと会い、俺が傭兵に戻りたいと思うなら、そうするつもりだった。そのほうが絶対に楽しいし、性に合ってる。でも、4年間で俺の中の何かが変わり、それが傭兵に戻ることを拒んだ。今傭兵に戻れば、遠からず後悔することになるだろう。


「旦那よ、たしかに旦那は傭兵としてやっていくにはもう若くない。でも、俺らの頭張れる奴は旦那しかいないんだ!」


 ダグラスの言葉の一つ一つに、胸をえぐられているような心地がした。


 俺は、努めて冷静にふるまう。


「まあ、それはそうとして、お前らは傭兵として集まって、誰と戦おうとしているんだ?」


 ダグラスは、少し言葉を選ぶように視線を漂わせると、また見つめ返してきた。


「アルバーの騎士と貴族どもは、攻め落としたブリテルナの民を自国民と対等に統治すると言っているのは知っているだろ?」


 俺は、とりあえず首肯した。


「それじゃ甘いんだ。ブリテルナは今まで散々恨みを買ってきた。そのつけを払うべきだ。俺たちは、騎士連中がデルサ要塞を落としたのに便乗して、その先のフローチスの街で、女子供をさらってシブジで売るんだよ。そうすれば、アルバーへの仇討にもなる。」


 俺は、一瞬彼の言っていることの意味が理解できなかった。


「おい、そこでなんでうちの国が出てくるんだよ。」


 ダグラスは、怒りを籠めるように眉をひそめ、低く唸った後、落ち着こうと自戒するようにため息を一つ付いた。


「もしかして、旦那は知らないのか?」


 俺は、なんの事か分からず「知らんな」とだけ答えた。


 彼は、少し迷うような顔を見せたが、首を横に振った。


「ま、そこはそれほど重要じゃないさ。師匠も、ブリテルナに私怨があったはずだ。」


 確かにそうだが、ダグラスには俺と同じような人生を歩んで欲しくなかった。


 復讐に全てを注ぐような、悲しい道を歩いてほしくない。


 それに奴隷になり、希望を失っていく人々を見るのももう嫌だった。


「俺は気づいたんだよ。復讐なんか何も生まないってな。先を見ずに後ろばかり見ていれば、路頭に迷うことになるぞ。」


 ダグラスは、おちゃらけるように言う。


「旦那、俺は戦士なんだぞ。説教垂れても覚悟が揺らぐ事は無いぜ。」


 そう言うと、俺を説得できないと分かったからだろう。彼は旅装を整え始めた。


 彼が今日ここを発つのだ。


 俺は止められないと分かっていたが、老婆心のようなものが沸いた。


「お前、シブジに奴隷を売ったあとどうするつもりだ。騎士団の方針に逆らえば、国家反逆罪になりうる。火炙りの刑にされるかもしれんぞ。」


 ダグラスは一瞬、目を細めたような気がした。


「旦那、あんたは変わったよ。以前のあんたなら、黙って行ってこいとだけ言ったはずだ。大丈夫だぜ、シブジへ亡命する手筈は整ってる。」


 そう言うと、ダグラスは宿を出ていった。


 俺は宿を出て、兵舎へと引き返す。


(次に出会う時は敵どうしかもしれない)


 俺は空を仰ぎ、目を手で覆った。





 翌日の早朝、兵舎のグランドに集められていた。


 朝日が横顔を照らしていて、暖かい。


「これから教会に行く。着いてこい。」


 唐突にそう言って団長が歩き出すと、他の団員も歩き出した。


(教会ってなんだ?何をしに行くんだ?)


 俺は訳もわからず右往左往していると、横腹をつつかれた。


「まさか、お祈りも分からないの?」


 そう言うのは、困り顔のノーランだ。


 レガホ村ではアストレイヤ教徒のふりをしていたが、それは村長にそのほうが都合がいいと教えられていたからだ。当然教会になど行ったことがない。


「ああ、実は今まで1回もした事がないんだ。」


 ノーランは少し驚いた顔をして、「本当なんだ......」と呟いた。


「まあ、皆について行けばわかるよ。」


 俺は、取り敢えずついて行くことにした。



 街の表通りをしばらく歩くと、ちょうど街の真ん中に位置する、このエッセルバンガのシンボルである大教会に着いた。


「じゃあお前ら整列して順番こに入れー。粗相をしでかすんじゃないぞー」


 まるで子供相手のような言葉遣いの団長だ。

 

 列に並んで教会内に入ると、そこは静謐で、かつ不思議な雰囲気を放っていた。


 大理石の床はよく磨かれいて、革靴が一歩歩くたびに音を立てる。


 中央に道のように敷かれた赤いカーペットは、今まで見た事がないほど色が濃く、踏んではいけないような気がした。


 団長を最前列にして、騎士団の全員が教会内に入ると、広々としていた教会内はたちまち窮屈になる。


 いきなり皆が腕を後ろに組んで足を肩幅に開いたので、俺も慌ててそうした。


 教会の最奥に見える祭壇の燭台には蝋燭が立てられ、蝋燭の灯火は微風を受けて揺らめいている。


 天窓から射し込む朝日の光と、天井近くの高い壁に据えられた、ステンドグラスから透過される色とりどりの光が溶けあい、鎧を着込んだ騎士たちの背を照らしている。


 祭壇の両脇にある扉が開くと、数人の修道士と、1人身なりが違う年配の老人がでてきた。


 埃一つ無さそうな真っ黒なジャケットに、純金のメダルがついたポーラータイを首から提げている。これは俺でも知っている。司教の証だ。


 司教というのは、この国の教会組織で2番目に当たる権力者だ。そんな男が目の前にいると思うと、気が重くなった。


 司教が、両手で持っていた分厚い書物を書見台に置くと、修道士たちはいつの間にか堂内の壁際に寄っている。


 司教が、少し嗄れた声で祈り文句のような物を唱え始めた。周りの者たちはそれを一言も発さずに聞き入っているようだった。俺はひどく居心地が悪かったが、黙って終わるのを待つことにした。


 しばらくすると、司教は1度切り、「主は見ておられる。祈りを。」と言う。


 すると、騎士たちは目を瞑り、肩膝立ちになった。


 跪いた騎士たちは、物音ひとつ立てない。


 普段訓練中でもうるさく騒いでる男が、置物のように目を瞑って跪いている。


 俺は、自分の中で何かが変わりつつあるのを感じた。


 騎士たちは消して弱者ではない。なら何故彼らは祈るのか、居るかも分からない神に何を祈るのか。


 俺はただそれが知りたくて、目を閉じた。彼らと同じように肩膝立ちになった。


 心を沈めると、ついさっきの出来事だったかのように、フェミ二とシュルナが連れ去られる光景が浮かぶ。


 海賊に囲まれる2人。見ていないはずなのに、無理やり軍船へと連れ込まれる様子さえ鮮明に見える。


 俺は、2人を探し出すために騎士になって戦うと決めた。


 まるで心に溶け込むように、暖かいものが胸に満ちた。


 胸に満ちた暖かいものは、自分の中の強い決意を表しているようだった。


 そうだ、彼らも同じだ。本当は騎士も傭兵も同じだったんだ、と思った。


(......そうか、彼らの祈りは戦士の誓いなのか。)


 戦士は自分の信じるもののために戦う。それは金であり、欲望であり、希望であり、誓いだ。そこに善悪や、強弱などは存在しない。


 騎士はそれを神に託して戦う。


 希望こそが騎士を戦士として昇華させる。


 誓いこそが騎士を命知らずへと変え、戦場へ駆り立てる。


 ならば俺も誓おう、と思った。


(アトレイヤの神よ。もし主が見ておられるならば、ここに誓おう。アルバー王国を守り抜くと。そして守り抜いた暁には、たった1度でもフェミ二とシュルナに会わせて欲しい。望みはそれだけだ)



ーー今主に誓いを。フェミ二とシュルナに一目会う時が来ると信じて、騎士になると誓おう。





 教会を出て、エッセルバンガの北門の門扉をくぐった所で、団長はこちらを向くと、大声を張り上げた。


「北方の地の、神に呪われた卑しき異教徒のブリテルナ人共が、我らがアルバー王国の領土を侵略せんと兵を起こしたのは知ってるだろうな!」


 そう言い、息継ぎをする。


「今こそ我らは手を携え、かの地の卑しき異教徒どもを討ち滅ぼすべく戦わなければならん。神の御心は我らと共にある。ゆくぞ、アルバーの誉れ高き騎士たちよ、神の勇者達よ!!」


 その叫びは、まるで雄叫びのようだった。


 号令と共に、進み出す。


 今総力戦が始まろうとしている。






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