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成り上がりの騎士と白い奴隷  作者: タコ助
白い奴隷とブリテルナ戦線
5/6

5 ノーラン


 冬も終わりに近づき、寒かった空気が暖かくなり始める。


 もうすぐ春も近いかという頃、俺は訓練生の中でトップの成績を取り第6騎士団に配属された。


 本当は春まで王都で訓練を積み、それからの配属になるはずだったが、20日後に迫ったデルサ要塞での総力戦に向けて前倒しの配属となった。


 第6騎士団はその総力戦において、重要な作戦が振られているという。


 現在、第6騎士団は作戦準備として昨日から協会都市エッセルバンガの兵舎に来ていた。


 教会都市エッセルバンガは、アルバー王国で信仰されているアストレイヤ教の聖地で、それと同時に前線に一番近い街でもある。


 この街に立ち寄った理由はまだ聞かされていないが、どうやらここら一帯の領主に協力を仰ぐらしい。

 

 

 「ランニング、始め!」


 焦げ茶色の木材で作られた兵舎のグラウンドに、第六騎士団団長ウィル・マイヤーズの野太い声が響く。


 もう間近に迫った総力戦で生き残るためにどうするべきか。


 俺は今までの訓練期間で、自分の体に起きた変調を調べることに徹してきた。

 

 その結果をまとめると、下記のようになる。


・身体能力の向上


・疲労を感じにくく、回復しやすい


・怪我の治りが速い(部位欠損が治るかは不明)


・魔力を体の部位に集中させることにより、身体強化魔法の行使が可能


・視界の端に「level one」という謎の記載


 まず不思議なのは、身体強化魔法の行使についてだ。


 普通魔法というのは、訓練を受けた一人前の魔術師が、呪文の詠唱を行ったり、魔法陣や魔術触媒(マジックアイテム)を介して、ようやく行使できるものだ。


 それを俺の場合は、魔力を流すだけで自在に操ることができる。


 こんな事は、普通ありえない。


 この世に生を受けた人間は、皆大なり小なり魔力を扱うことが出来る。もし魔力を込めるだけで身体強化魔法が使えるなら、世界中の大工が家を建てるのに1日もかからなくなってしまうだろう。


 もしこれを口外すれば、確実に捕らえられ、拷問室送りになりかねないと考えると、ゾッとする話だ。


(でもこれは、慣れれば恐ろしい威力を発揮するに違いない)


 それから、「level one」という謎の記述。


(王都の書店でも探してみたが、全く手掛かりがなかった......)


 俺には、なんとなくだがこの文字がこの力の全貌を覗き見る鍵のような気がしてならなかった。






「ランニング終わり!今日の訓練はここまでだー。」


 団長の声で、30分ほどのランニングが終わる。


 隣では、訓練生の時に知り合った友人のノーランが、「今日は早いねー」と言う。


 団長が「昼頃会議室に集合しろ。」とだけ言って去っていった。


「会議室ってどこだっかなあ?」


 昨日来たばかりの兵舎だ。どこにどの部屋があるのかも分からない。


「さあ、ていうかだいたいあの団長説明不足にも程があるよ!ここの街に来るときも、ついてこいとだけ言って行先教えてくれなかったしさ。」


 ノーランは、彼が困った時特有の弱り顔をしている。


 周りを見れば、どうやらほかの隊員は説明不足には慣れているといった様子だ。


(もしかしたら、とんでもない部隊に配属されたんじゃないか)


 俺は、深いため息を漏らした。




 アルバー王国の戦士には大きく2つの勢力があり、片方が傭兵、もう片方が騎士だ。


 この2つの組織には、大きく違いがある。


 まず騎士とは、王国の民、そして王家に忠誠を誓う軍隊を言う。


 大昔のアルバー王国では、騎士とは高潔なもので、王より直接叙任される特別な地位だったらしいが、相次ぐ戦乱の中で騎士は、次第に軍隊としての意味合いを為していった。


 そして騎士では、騎士道を重んじる。


・王に絶対の忠誠を誓い、常から民に公平であり、弱者にも慈しみを持つこと。


・挑戦せられたる時は、騎士の名誉にかけて、戦闘を回避してはならない。


・去勢者、背を向け逃走するもの、座して慈悲を乞うものを攻撃するなかれ。


 というアストレイヤ教の教えから来たしきたりだ。


 だが、傭兵は違う。


 傭兵とは、金で雇われれば村を襲い戦争にも加勢し、暗殺まがいのこともやる戦士集団だ。


 そして彼らのほとんどは信じる神を持たない。座して祈る人々を弱者だとののしり、軽蔑する傭兵達は、ある意味どこまでもリアリストで、自由だからだ。


 しかしそれは民衆には理解されない。彼らは傭兵を異端者と呼び、奇異の目で見る。


 俺にはそれが、いつまでも解せなかった。


「おーい、よそ見してるとどやされるよ。」


 隣で声を潜め、そう言うのはノーランだ。


 夜になり、第6騎士団は会議室に集められていた。


 この兵舎では一番広いこの会議室が、50人以上の男たちが集まったことでかなり狭苦しい。

 

「では注目!」


 団長が声をかけると、騒がしかった室内が静かになる。


「それではまず今回の作戦を伝えるにあたって、協力を仰ぐことになったイワン・ヘンリー侯爵様の私兵団団長、エヴァン殿を紹介しておこう。では、どうぞ。」


 貴族の中で爵位が上位なのは大抵が魔術師であり、魔術師のほとんどは私兵団を有している。この私兵団には強みがあり、それは魔術師が生み出す魔法の武具だ。魔法の武具には付与魔法がかけられていたり、魔力を通すだけで一般人でも魔術を行使できるような兵器が仕込まれていたりする。この私兵団の存在こそ、アルバー王国の懐刀だ。


 団長の後ろに控えていた壮年の男が、一つお辞儀をして前に出た。


「この度、道案内兼助っ人として派遣されたヘンリー卿私兵団団長のエヴァンと申します。以後お見知りおきを。」


 そう言った後、もう一度頭を下げた。


「ねえ、あの人お辞儀の角度が床と平行だよ。」と感心したようにノーランが言う。


「ああ。見事なもんだ。」


 今度は団長が前に出ると、一度咳払いし、「ではさっそく作戦をつたえる」という。


「我々は明後日早朝より行軍を開始し、イレーヌ山脈の中腹を通りながら北西に向かって移動する。そして現在アルスロ原野では敵軍とのにらみ合いが続いているので、ちょうど敵軍の横腹をつく形で奇襲する。」


 イレーヌ山脈とは、この街を少し北西に行った所からブリテルナの国境を越えたところまで伸びる巨大な山脈の事だ。


そしてアルスロ原野こそ、デルサ要塞を責めるにあたっての難所だ。アルスロ原野とはデルサ要塞の南に、ちょうど国境をまたぐ形で存在する広々とした平地だ。これを越えなければデルサ要塞は落とせない。


「質問がある者は挙手したまえ」


 数人の手が上がった。


「ではそこら辺の奴。」


 失笑が起きた。この団長は人の名前を覚えるのが苦手だ。なぜ第6騎士団の団長が務まっているのかは謎だ。


「はい。数千人規模の戦いをこの規模の兵力で奇襲したところでどうにかなるのでしょうか。」


 団長は首を縦に3回振り、「いい質問だ!」といった。


「今回の俺たちの任務で重要なのは、要するに一番槍を務めることなんだよ。相手に先手を取られるのなんて癪だろう?そのためのこの作戦だ。少しでも敵兵を動揺させることができれば、本体が動き出す。」


 いかにも団長風にアレンジされたような説明だった。


 俺は、敵軍隊へ騎士団の部隊一つと私兵団の総勢100前後という少数で特攻させられる程、第6騎士団への信用度は高いのだろうかと、いまいち実感が湧かなかった。


「じゃあ、次の質問はそっちの。」


 団長は顎を突き出して言う。


「はい。イレーヌ山脈は確かに深い森で、通ってもばれにくいとは思いますが、さすがに警戒されていると思うのですが。」


 団長は、首を4回振り、今度は数拍開けた。


「お前たちにしては少し弱気な意見だな~。決まっているだろう。何人見張りが居ようと力で押すのだ。三下共など蹴散らしてしまえばいい!」


 そう言った団長は、狼の様に切れ長の目を三日月の形に歪めて微笑んでいた。


 


 会議室を出たころ、外は夕暮れ時だった。


 夕日を浴びながら、騎士団の面々は街に散っていく。


「おーい、ジェイドー!」という叫び声と共に、ノーランが走ってきた


「ノーラン、そんなに急いでどうかしたのか?」


ノーランは男爵家の末っ子で、フルネームはノーマン・ルイスという。目上だが、訓練生だった時から仲が良く、呼び捨てで会話するのを許されていた。


 彼は、こちらに目を合わせると、まだ荒い息で答えた。

 

「この街に美味しいオーク肉を出す居酒屋があるらしいんだよ。」


「ほう。それは食べないわけにはいかないなあ。」


 おどけた風に言うと、ノーマンは優しい笑みを浮かべた。


「じゃあ、今晩は徹夜で飲み明かそうよ。明日は朝が早いから。」


「そんなこと言っておいて、お前がすぐに潰れるのは目に見えてるけどな。」


 しばらく歩くと、ノーマンは一度地面を見つめて、また正面を見た。


「ついに始まるんだね。訓練じゃない戦いが。」


 と、彼はまるで独り言のように言う。


「そうだな。」


 ノーランは俺より9つも下で、訓練生の中で唯一俺と同じ第6騎士団に配属された。ノーランの家は男爵家に多い騎士貴族の家系だ。彼は小さい頃から毎日剣を磨き続けたのだろう。肌は日焼けして小麦色。強い日光を外で浴び続けてきたのだろうか、ブロンドの髪は白っぽくなっている。


「なんか、ジェイドは随分余裕そうだよね。」


「そりゃあ、経験が違うさ。」


ノーランは、まあそうだよね、と頷く。


「ノーランは、本当の実戦は今回が初めてか?」


「うん、そうだよ。」


 俺は、初めて人を殺した時のことを思い出した。もう既に15年以上たっているはずだが、初めての殺しだけは頭にこびりついたように鮮明に思い出せた。


「もしかして、怖いのか?俺が初めて戦った時は、怖くてしょうがなかったんだけどさ。」


 彼は、自分の手を眺めるようにした。その手からは、生半可ではない鍛錬の積み重ねが伺える。硬い戦士の手だった。


 彼は「怖くないと言ったらうそになる。」と言った後にでも、と付け加える。


「僕は、生まれた時から剣のことだけ考えて生きてきたんだ。剣の扱い方をお父様から教わって上手になるたび、お父様は自分の事のように喜んでくれた。」


 そこで1度切った彼は、深呼吸をした。


「僕は、自分の戦う理由を持っていない。でも、僕は武勲を立てて、お父様を喜ばせたい。その気持ちで、僕は戦場の恐怖なんて忘れてみせるさ。」


 自信に満ちた彼の目は、夕日を受けて爛々と光っている。


「実はこの話、誰にもしたことないんだ。同情を誘おうとしているように思われるのが嫌でさ。」


ーー目は、その人の魂の強さを表す。


 これは、戦士の中で語り継がれる言葉だ。


 彼は素質を備えているし、強い心も持ち合わせている。研鑽を積めば、今よりさらに成長するかもしれない。


「この話、聞けてよかった。ありがとう。」


 それを聞いたノーランは、今まで見た中で一番の笑みを浮かべた。


 

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