4 フルドア要塞冬の戦い
3日後に訓練場に行くと、その日から訓練が始まった。
鎧を着て実際に剣を挿して走る訓練や、剣や槍の型から盾の運用方法に、指揮官の命令に従って速やかに動く訓練などだ。
その中でも特に厳しかったのは命令に従う訓練で、誰か1人でも間違えれば連帯責任で全員がやり直しをくらった。
そして最も楽しみになったのは剣の型の訓練だ。自分は剣術の心得が無く、言わば実戦で鍛えられた剣技だったので、合理的に研究された剣の術理というのは興味深かった。
訓練が終われば寮に戻りすぐに夕食を取るのだが、肉料理が多く、味は濃かった。周りも食事の時は疲れた顔が綻んでいた。
寝る時間になれば泥のように眠った。1日中走っても全く息切れしないのに、眠気はいつも通りに来るのが不思議だった。
週に1度座学の時間もあった。今日は周辺国家の情勢について、という講義だ。
木の長い机が並べられた室内で、肘を着いてぼんやりと聞くのが俺の常だ。教卓の後ろで白髪の爺さんが聖書の朗読会のように平坦な声で語っている。
「と、いう経緯で我が国の南に位置するシブジ王国が西のユフ法国を滅ぼしまして、行方不明になったフィーラという姫には莫大な懸賞金がかけられているとか......フィーラ姫はまだ13歳で、さらにこの世の物とは思えない程美しい少女だと言われていまして、とゴホン。話しすぎましたね。」
隣に座る同期生が「ジジイが夢見るなよ、気持ちわりぃ」と毒づいた。
「......それから現在我が国と戦っている北のブリテルナ帝国ですが、ついに今第3兵団がフルドア要塞を攻めており、帝国の降伏も間近だと言われております。」
ブリテルナ、と言われ片眉が動いたが、ついに堕ちるのか、と思った。自分のかつての仲間たちを殺され、憎いはずだったが、喜びのような物は浮かんで来なかった。
(あいつら、あの世で常春の地ってやつに行けたのかなぁ)
第3兵団は、森に伐り開かれた街道を北上していた。もうじきフルドア要塞に着くはずだ。
冬も深まり、吐く息は白く、毛皮の靴が雪解け水を吸い込んで足が痛い程に冷たい。
「ブルドさんとフルドア要塞って響き似てません?」と陽気な声で語りかけるのは、副隊長のフレイルだ。
「見えてきたぜ、フルドア要塞。」
森を抜けた先100メートル程に、高い砦を持つ石造りの要塞が現れた。砦の上には、何10人もの兵が弓を持ち、こちらを睨んでいた。
「隊列を整えろ!」
声をかけると、即時に隊列が組まれた。
「狙撃用意、発射!」
隊列の後方にいる弓使いは、弓を引き絞り、放った。 弓は100メートル先の狭間から内側へ正確に吸い込まれていった。
相手側も慌てて矢を撃ってきたが、こちらには届かずに、地面に突き刺さったりあらぬ方向へと飛んで行った。
「ビョルド、どんな感じ?」
「7、8人は死んだな。中はパニックだぜ。こんなんで本当に兵士なのか?」
ビョルドは、遠視のルーペを覗いたまま言った。
彼は、魔術公爵家であるグレーベン家の末の子で、遠視の付与魔法を使用する魔術師だ。
俺は「やはりな」と言った。
「はあ」とフレイルが間抜けな声を出したので、体の力が抜けていきそうになった。
「はあ。じゃないよ。今回は第3騎士団のみでフルドア要塞を堕とすようにって総司令官様に言われたのを忘れたのかよ?」
「あ、そういえばそうだった。あのインテリ系総司令官!デルサ要塞に割かれている戦力を見ると、絶対にフルドア要塞は手薄になっている!って力説してたよね。」
これには、フルドア要塞の特異な形状が関与しており、フルドア要塞は南側に対してしか防御力を発揮しない。つまり、意図して対アルバー王国専用の要塞にしたのだ。これには利点が2つあり、1つはもし攻め落とされても、簡単に取り戻すことが出来る点だ。ブリテルナ方面からの攻撃に対しては、めっぽう弱いからだ。2つめに、攻めても旨みが少なく思わせるため。このフルドア要塞を抜けた際には商業都市ブリュンヒルがあり、攻め落とされれば痛手を負うことになる。そこで、攻め落としても簡単に奪還される、または兵が消耗しやすくする事で、攻められないようにする意図があった。
だが、これには欠点があり、常駐させる兵力の調整に経験が求められることだ。しかし、現在ブリテルナではその経験を持つ指揮官が圧倒的に不足していた。
4年ほど前、ブリテルナ帝国との戦争序盤で、傭兵と騎士団の協力体制を実現し、頭角を現し始めたのが件の総司令官だった。
序盤の正面衝突で被害を被ったのは主に傭兵連中で、騎士団の損害は最小限に留まったという。ブリテルナ帝国は序盤で大量の手練や戦の経験が豊富な指揮官を失うことになり、次々とアルバー王国の侵略を許すようになる。
要するに軍事訓練を受けていないので、男に鎧を着せた人形に過ぎない。
「俺はあの総司令官、妙にいけすかねえんだよ。」
「なんでよ?」
「実はな、例の正面衝突で傭兵が大量に死んだのは、総司令官の命令で敵兵の装備をした第1兵団が挟み撃ちにしたかららしいぜ。」
フレイルはえっ、と驚き、目を瞬かせた。
「嘘でしょ......血も涙も無いんだなぁ。」
「ま、噂だけどな。しかし、傭兵共なら占領した村の女全員奴隷商人に売り飛ばしそうだし仕方なかったんじゃ無いの?」
フレイルは薄ら笑いを浮かべて言う
「確かにありそうだな。ま、傭兵共にとっちゃそれで幸せなんだろ。ブリテルナ風に言うとバルフェローだっけ?戦士が行ける神々の館ってやつに行けてさー。」
「あいつらの事だから、神々の館でチャンバラでも初めてるんだろうよ。お、そろそろだ。」
後ろから破城槌を持った騎士たちが追いついてきた。
「全舞台突撃!射撃班は狭間へ決め撃ち!」
前列の騎士たちは一斉に剣を抜き放つと、城塞へと走り始める。その後ろ破城槌が追いかけると、射撃班が矢を撃つ。
「俺も行ってきていいですかね?」
フレイルは、楽しそうに笑い、聞いてくる。
俺は目を瞑り「行ってこい」と言うと、待ってましたと言わんばかりにフレイルは突進して行った。
俺は、ビョルドにやれやれと首を振ってみせると、部下が持ってきた靴に履き替え、屈強な騎士たちの背中を眺めていた。
突進するフレイルが「ノルド!背中!」と大声で言うと、前の兵士が肩膝立ちになり、盾を背負った。
フレイルはノルドの背中を足場に思い切り跳躍すると、一瞬で砦の矢狭間まで飛翔し、矢狭間へ槍を差し込んだ。 そのまま槍を両手でつかみぶら下がると、腕の力だけで飛び上がる。
砦の上にたどり着いたフレイルは「失礼」と言い、剣を抜き放つと放心状態の敵兵を次々と斬り捨てていった。
下では、破城槌で門が打ち開かれる頃だ。
俺は足に力を込め、出番を待つ。
門が開かれると同時に、俺はビョルドを見た。
「やっぱり居るよ。かなり遠くまで馬で走ってる。」
俺はそれを聞くや、足に、正確には靴に魔力を込め始めると、一瞬意識が朦朧とした。
(なんだよこの靴、恐ろしい程魔力を喰いやがる)
俺は、魔力が貯まると同時に一気に駆け出した。この靴に込められた魔法陣は、履いた者を魔力を込めただけ加速させる。一瞬で速度が増し、風圧で頬の肉が揺れる。周りの景色は流れて見えず、かろうじて門を通り過ぎたのが視認できた程度だ。
ものの数秒で、馬に乗る男が目の前に現れた。俺は急いで剣を眼前へ滑らせると、目の前が真っ赤に染った。
結局、伝令官が殺されたとわかるや、敵兵はあっさりと白旗を上げた。
フルドア要塞を落としたという報はすぐに王国中に広まった。
もはやブリテルナは虫の息。陥落するのも目前か、とこの時は思われていた。
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