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成り上がりの騎士と白い奴隷  作者: タコ助
白い奴隷とブリテルナ戦線
2/6

2 王都


 俺は、王都への旅路を7日間寝ずに走り続けていた。


 驚くべきことに、どれだけ走り続けても食事さえきちんと摂れば、体調を崩すことは無かった。


 現役の傭兵だった時は、追手から逃げるために三日三晩走ったことはあったが、7日間もの間走り続けたことはもちろん無かったし、人間業とは思えないのだが、現に自分はここまで走り続けた中で、強い眠気は感じても、疲労感は感じなかった。


 俺は、遂に王都への路で最後の森を走っている。


 俺が手に入れたのは、人間離れした体力だけではなかった。それは、人並外れた怪力だ。


 身に纏った防具は軽装とはいえ軽いものではないし、腰に挿した両手剣は量産されている物よりも刃渡りが長い特注品で、かなり重量があるはずだが、いくら走ってもその重みは感じなかった。


 時には人が踏み固めた道を走り、時には獣道を走る。傭兵時代の記憶を頼りに、森の路を慎重に選びながら駆け抜けていく。今は昼時だが、少し肌寒い。冬が始まろうとしている。


(この調子なら、なんとか冬が来るまでに王都にたどり着けそうだ)

 



 そろそろ陽も落ちるだろうかといった頃に、ようやく森を抜けることができた。魔獣に1度も遭遇しなかったのは幸運だろう。


 森を抜けると、そこに見慣れた街道を見つけた。


 王都へと続く街道は、王都ネフバンドルから取って、バンドル通りと呼ばれている。バンドル通りは、日暮れということもあり人通りは少なめだったが、これが早朝になるとかなりの人通りになる。


 遠くのほうに、王都の城壁が見えてきた。城壁は、大人を10人縦に並べたほどの高さがある。初めて見たときは感動したのと共に、王都にこんな壁作っても、ここまで敵兵にたどり着かれたときには実質敗戦なので、無意味なのではないかと呆れたものだ。


 ようやく睡眠をとることができるという安堵感と共に、少し速足で歩き始めた。




 関所には、人の列ができている。


 並んで、しばらく待つと自分の番がやってきた。


 衛兵は、無遠慮にこちらを眺め、平坦な声で言う。


「名前を。それから税は物か、貨幣か。」


 王都に入るためには、関税と共に名前を伝えなくてはならない。


 俺は、これから仕事をしていくうえで、傭兵時代の名を使えば、悪い意味で目立ちすぎると考えた。


 そこで、俺は隣人の名を借りて、ジェイドと名乗ることにした。


 この国では、年に一度夏の時期に税を治める必要があるのだが、村全員の名を記録されているかもしれないという懸念がある。ここで架空の名を告げれば、他国の間諜を疑われるかもしれない。


 隣人の名を名乗れば、彼らは骨の状態で見つかるので素性が発覚する危険はないだろう。


 俺は、内心でジェイドに詫びた。


「ジェイドだ。税は金で払おう。」


 衛兵は、宙に漂わせていた視線を、再度こちらに向け、腕を組んだ。


 恐らく貨幣で税金を払う人は少ないのだろうと思った。硬貨というのは貧しい農奴や狩人では易々と手に入らないものだ。さらに、最近特に硬貨は信頼度を増しているので、まず手放したがらない。ただ、傭兵として稼いでいた頃の財産を隠していた俺に限っては例外なのだが。


 俺は背負っている布袋から銀貨を2枚取り出すと、衛兵に渡した。


 衛兵は腰の革袋を漁り、小さな木札を渡してきた。


「それが仮の住民票だ。20日間滞在できる。」


 俺は、小さく会釈すると、衛兵の眼が鋭く光ったような気がした。


 調べた所で俺に関する確かな情報を掴まれる事は無いだろうが、手練れであることは見抜かれているだろう、と思った。



 

 王都に初めて入った時は、煉瓦造りの建物群や、居酒屋や屋台が建ち並ぶ表通りに、そして他の町や村には無い清楚さや気品の感じられる住民たちには文字通り仰天したのだが、見慣れた今でも、沢山の人々の往来を見ていると気分が浮き立つのを感じた。


 ここまでの旅路では、乾物などの保存食ばかり食べていたので、居酒屋でフラストレーションを思う存分発散したいところだったが、眠気がピークまで達していたので宿を取って睡眠をとることにした。


 俺は、ある程度王都での仕事に見当を付けてきたのだが、その仕事は32歳では必ず雇って貰える見込みが少なく、お金はなるべく節約しよう、と考えた。


 俺は裏通りにある〈馬小屋~潔癖は近寄るべからず~〉と看板に書かれた宿にやってきた。この宿は、年配の老人の宿で、部屋は小さく最後にいつ掃除されたのか見当もつかないほど不衛生なのだが、1日の宿泊料が銅貨1枚という大変親切な値段設定なのだ。


 俺は宿に入ると、カウンターでうとうとしていた老人に声をかけた。


「今日から暫く泊まらせてもらいたい。」


 老人は、不機嫌そうな目でこちらを見た後、「ああ、グウェントか。」と言った。


「爺さん、覚えてたのか。」


 老人は少し口端を歪めた。


「あまり老人扱いしてくれるな。長らく姿を見なかったもんで、くたばっちまったのかと思ってたよ。」


「ぬかせ。傭兵を引退してたんだよ。だが事情が変わったもんで、今度は王都で暮らすことになるかもしれない。」


 老人の目に、少し光が宿った気がした。


「傭兵を一度やめたお前さんが、この街で何をしようってんだい。」


「自分でも、これからどう生きていくのか見当もついてないんだ。一応やってみたいことはあるんだが、な。」


 老人は俺の目を見て愉快そうに目を細め、少し口角を上げた。


「なら、わしが死ぬまで見届けてやるとするかのう。お前さんが傭兵で成り上がった時から、お前さんには興味が湧いてくるんだよ。」


 俺は、少しおどけるように言った。


「残念なことだなあ。なにせ、爺さんは俺の武勇の路半ばで逝っちまうんだからさ。最後まで見届けられない爺さんが不憫でしょうがない!」


 爺さんは、つまらなそうに鼻を鳴らすと、「どうぞ御贔屓に」と言った。



 

 俺は、2階の部屋に入ると、思い切り伸びをした。


 かなり空腹を感じていたが、密室に入ったことで安心したのか、急に体が怠くなり藁に薄い布を引いただけの布団へ雪崩れ込んだ。


 寝心地は悪かったが、とても気分は安らいだ。頭はジーンとして熱を持っている。


 俺はそっと目を閉じた。





 俺は、見慣れた家の扉の前で立ち尽くしていた。なにか悲しい出来事があったような気がしたが、何も思い出せなかった。


 扉を開け、中に入ると家内のフェミ二が「おかえりなさい」と言った。


「ああ、ただいま。」


 フェミ二は黙々と暖炉の火の上に吊るされた鍋の中身をかき混ぜている。鍋から漂う湯気の匂いを嗅ぐと、空腹感が増してくるような気がする。


 娘のシュルナは、フェミ二が作った人形を抱いて寝ている。


 俺は甕から飲み水を掬うと、喉を潤した。フェミ二は短く「御飯ができましたよ」と告げた。


 俺は小皿によそわれたスープとパンを持ち、席に着いた。フェミニはシュルナを起こしたようだ。そして彼女らも席に着くと、俺は目を瞑り、言った。


「神の恵みのより与えられし糧に感謝を。そして、良き食事を。」

「良き食事を。」

「よいしょくいを!」


 俺は、暖かいスープの猪肉をスプーンですくい、口に運ぶと、肉の旨味と共に一日の疲れが抜け落ちていくような心地がした。


 フェミニはシュルナにスプーンで食べさせようとしているが、「あちゅいの!」と受け付けようとしないシュルナを見ていると、愛しさがこみ上げてきた。


 フェミニも俺も無口なので、静かな晩餐だった。だが、俺はそんな食卓の雰囲気が好きだった。傭兵だったころの騒がしいのも懐かしく感じるが、こちらも得難い物のようで、満足感を感じた。


 食事を終えると、フェミニは食器を洗い始めた。俺は鉈の手入れに取り掛かる。シュルナは、椅子に座って、ぼんやりとし始めたかと思えば、机に突っ伏して寝てしまった。


(うちの子はよく寝るもんだ。)


 俺は、今この顔を鏡に映せば、さぞだらしない顔をしてるだろうな、と思った。


「ねえ」


 フェミニが、平生とした声で言った。


「あなた、もう忘れていいのよ。」


 そう言ったフェミニの表情は、視界がぼやけているせいで見ることができない。



 

 藁布団の上に座っていた。


 夢から覚めてもまだ視界がぼやけている。頬を涙が伝っていた。


 深くため息をつき、服の袖で目を何度も擦ると、幾らか気分が落ち着いてきた。


 木窓の隙間から外の朝日が漏れている。


 耳元に耳障りな虫の羽音が聞こえてきた。


(もうじき冬のはずだが)


 腕に止まっている虫を叩き潰すと、どうやら蠅のようだった。


 顔を顰めた後、少し気になって腕の匂いを嗅いでみると、案の定意識を持っていかれそうなほどの刺激臭だった。もう8日も走り続けて、水浴びすらしていないのを失念していた。


 昨日、やけに衛兵の表情が険しかったのは、疑われていたのではなくこの臭いのせいだったのではないかと思うと、また再度深くため息をついた。




 昼の用事に備え、体を清め、腹ごしらえをすることにした。


 なるべく人通りの少ない裏道を選びながら、男性用の湯浴み屋へ向かった。いつもなら湯浴み場など贅沢だ、と一蹴していただろうが、今日だけはやむを得ないと思った。


 建物の中に入り受付に向かと、受付の男は露骨に顔を顰めた。俺は布袋から銅貨を3枚渡すと、鼻をつまんだ受付は紫の丸い玉を差し出し、さっさと行けとでも言うように顎を突き出した。


 更衣室に入り俺は急いで服を脱ぐと、物入れの中に入れると扉を閉めて、扉の取っ手に着いている穴に紫の丸い玉を差し込んだ。「カチッ」という音と共に紫の魔法陣が扉に現れた。これは〈施錠〉という魔法を利用して作られた防犯システムだ。


 服を小脇に抱えて奥に進むと、壁に等間隔で設置された鉄のホースが、絶えず湯を吐き出し、その下で男たちがタオルで体を洗ったり、服を洗ったりしていた。


 これまでに湯浴み屋には何度も来たことがあったが、ここまで広いのはやはり王都だけだった。


 並ぶホースの中で、空いてるものの1つの下に座り込むと、まず全身に湯を浴びた。唸り声のようなため息を漏らした。


 森を走り抜けた時に木の枝で切った傷がしみたが、かなり気持ちよかった。それから念入りに体を洗い、服の汚れを落とした。


 風呂を出たあと、物入れの魔法陣に手をかざすと「カチッ」と音を出して鍵が空いた。どうやって個人を識別しているのか魔術師に聞いてみたいな、と思った。


 布袋に突っ込んであった新しい着替えを取り出すと、濡れた方の服を突っ込み、建物を後にした。それから宿に戻って部屋の窓框に濡れた服を乾かし、眠気まなこの爺さんに軽く挨拶をして、宿を出た。




 表通りに出ると、やはり昼時なのもあって人通りは多かった。


 愉快な笑い声や、珍奇な楽器を演奏している者もいる。裏通りに目をやれば、病気を持って捨てられた奴隷で溢れている。中には手を合わせ「神よどうかお救い下さい...」と喚いている者もいる。


 しばらく歩くと、俺の大好物のピザがあった。薄く伸ばして焼いたパンの上に山羊のチーズと刻んだ腸詰をのせた人気料理だ。値は張るが、この王都でも人気な部類の屋台料理だと聞いた事がある。


 俺はピザの屋台に近ずいて行くと、こちらに気づいた屋台の女の子は、途端に人の良さそうな表情を顔に張りつけ「いらっしゃい!」と元気よく言った。


 1つちょうだい、と言って汚れや歪みの少ない銅貨を選んで3枚払うと、女の子は「まいど」と屈託の無い笑みを浮べた。俺はこの少女が、まだ12の頃から奴隷としてここで働かされているのを知っていた。





 ピザを頬張りながら歩くと、昼からの用事について考えた。


 俺は王都に来てまず、騎士団の入団試験を受けようと思っていた。騎士は給金が良いし、何より度重なる戦争で人で不足だ。実力があれば32歳でも雇って貰える可能性があった。そして戦争によって様々な地域に遠征があるので、家族を探すのにこれ以上良い条件は無い。


 そして、あわよくば貴族位を狙っていた。騎士では、実力によって30以上もある騎士団の中から適切な所に属することが取り決められているが、これは戦場での武功によって上へと昇格する事ができる。中でも第1兵団に入ることが出来れば、騎士爵位を与えられる。貴族の権限があれば、広範囲にわたって捜索することも不可能ではない。


 考え事をしていると、小さい男の子達がはしゃぎながら俺の足にぶつかり、走っていった。少し離れた場所では、青年がパンをちぎり、路地裏に投げている。路地裏の奴隷たちはパンに群がり、奪い合い始めた。それを見た青年は満足そうに微笑むと、去っていった。王都ではよく見る憂さ晴らしだ。


 俺は王都の賑やかな所は好きだが、奴隷の多さには心底辟易していた。





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