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精霊戯曲・其の一【アスロポリカの魔女】  作者: 其の子。
第二章・・・ネイロニース家
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アスロポリカの魔女・・・ネイロニース家3

「さて、スウリは気づいているだろうけれど、この系譜はまだ続いている。ゼナ様には本当に子供がいたらしい」

ヴィルゼーは指先でトントン、とゼナを指した。ゼナの名前の下には赤い名前がぶら下がり、さらにその下にも赤い名前がぶら下がっている。

「ゼナ様の娘であるリュナ様――記録によると、三番街にかつて在った娼館の娼婦との間に生まれた女性で、ゼナ様暗殺事件の後にレスティア様の密命により、四番街の診療院で保護されていた」

スウリは首を傾げる。

「本当の娘なら、ケイプカリス同様自分の手で育てればいいのにな」

「ケイプカリスを王族に仕立て上げた連中が、ゼナ様のように命を奪いに来てもおかしくなかったからなのか、ケイプカリスの背後にいる何かから守る為だったのか――何にせよ、王族に迎え入れる事で王家の血を絶やす事になるのを回避したんだろうと思っているよ」

ヴィルゼーはそう言って指をパチンと鳴らした。「それで、」と、リュナの次の名前を指す。

「リュナ様は四番街にいた魔女たちの中で護られるように育ち、やがて娘を出産した。カナリア様という女性だ」

この頃になると、ケイプカリスの魔女狩りは激しさを増しており、魔女たちは次々と姿を消していった。一番街や二番街の上流階級の住人ですら、魔法が使える女性であれば殺され、男性も魔力を根こそぎ奪われた。四番街では魔女や男性の魔法使い、その家族に至るまで命を奪われていった。

  戸籍を持たなかったリュナとカナリアは、ほとぼりが冷めるまで身を潜めていた。王府が魔女狩りの完了を宣言し、兵士が街から引き上げて行った後は、診療院で看護師として働きながら静かに暮らした。

 やがてリュナは病に倒れ、静かに息を引き取った。陰ながらリュナを支えていたネイロニース家と、診療院の院長であった女医者のみがカナリアの素性を知ることとなった。

「二十になったカナリア様は民兵だった男性と恋に落ち、結婚して、程なく子供を授かった」

ヴィルゼーはカナリアの名前の下に書かれている二本の線を指しながら続けた。

「魔女の出産には、膨大な魔力の放出が伴うらしい。カナリア様のご出産の折、アスロポリカには魔女と呼ばれる存在はもう居なかった。だから、その魔力の放出のせいでカナリア様の存在がとうとうケイプカリスの知るところとなった」

カナリアは出産の間際まで葛藤していた。生まれた子供が女の子なら、確実に殺されてしまう。男の子ならば、或いは――だが、生まれてきたのは双子だった。

「女の子が先に生まれて、その後に男の子が生まれた」

出産したことはもう隠せない。けれど、女児が生まれたことは隠せるかもしれない。カナリアは診療院に居た、歳若い医者見習いの少女に女児を託し、最後の魔力を振り絞って二人を安全な場所に逃がした。

「――それから、女王が兵士を連れてやって来た。カナリア様は産後の身体を無理やり広場に引き摺り出されて、院長と共に女王の手で火炙りにされてしまった。十七年前――さっき見た石碑のあったあの場所でね」

何かがカチリ、と嵌る音が頭の奥で鳴った。まさか――唾を飲み込む。

「それで、双子はどうなったの」

恐る恐る問い掛けるスウリの目を、碧い瞳がじっと覗き込む。

「女の子の存在は気づかれなかった。男の子もどういう訳か殺されずに済んでね。魔力は封じられてしまったものの、捕えられることも無く、埋葬官だったネイロニース家にカナリア様のご遺体と一緒に引き取られることになった」

ヴィルゼーは徐にシャツの袖を捲る。


「僕のことさ」


 露わになった右腕に、どす黒い痣のような禍々しい紋様が刻み込まれていた。スウリは思わず口を押さえていた。


「僕がカナリア様の息子」


スウリの表情を見て、ヴィルゼーはへらへら笑った。

「ごめんね、見苦しかったね」

黒ずんだ腕を、袖が再び覆い隠した。思い返すと、ヴィルゼーが袖の短い服を着ているところは見たことがなかった。

「それ、消えないの」

「消えないよ。ケイプカリスが生きている限りは、多分。これで少し分かったかい、どうして僕がケイプカリスの秘密を探っているのか」

その言葉で我に返る。ケイプカリスの秘密を探っているのは、ヴィルゼーだけではない。

「じゃあフランカは? どうして一緒になって調べているのさ」

ヴィルゼーは何かを思案するような素振りを見せ、思いついたように目を瞬かせた。

「彼女は噂の魔女を探しているから――」

そう言って立ち上がると、廊下の写真をひょいと取って来てスウリに差し出してきた。その写真を改めてじっと見た。ラピッツ、ミルティと笑顔を浮かべる男の子と女の子。揃いの黒い髪と碧い瞳。

「男の子は勿論僕。女の子は、僕の双子のお姉ちゃん――驚くことに――噂になっている、『長い黒髪の魔女』さ」

フランカは魔女を追っている。そのうちに、その魔女がヴィルゼーの双子の姉と知ることになったのだろう。

「フランカはそれを知ってヴィルゼーに近づいてきたのか?」

フランカの悪戯っぽく笑った顔が目に浮かんだ。仲良くしているように見える腹の下で、二人は重たい駆け引きをしているのかもしれないと思うと、何となくモヤモヤしたものが胸に充満していく心地がした。スウリの内心を察したのか、ヴィルゼーは首を横に振った。

「まあ、フランカは悪い子じゃないよ。協力してくれているのは確かだしね」

ヴィルゼーはそう言って意味ありげな笑みを浮かべた。スウリは心のモヤを無理矢理飲み下して、質問を重ねる。ここまで聞いたのだから、とことん教えて貰いたいところだ。

「ちなみに、その魔女――ヴィルゼーの双子のお姉さんは今何処に? 一緒に住んでいる訳では無いのか」

「ああ、ここにはもう居ないよ。十二歳の時にはこの家を出て行ったから。夜になると、四番街の屋根の上によく居るけどね。昼間は知らない」

「そっか。名前は? ヴィルッカとか?」

思いつきの例えにヴィルゼーは吹き出した。

「そんなんじゃないよ、悪くないけれど。お姉ちゃんはアプリアっていうんだ」

その名前を聞いてハッとした。昼間に研究室でラピッツが確かに呼んでいた。

「さっき研究室に居たかもしれない」

「え」

ヴィルゼーは目を丸くした。それから、満足気にいつものニヤニヤ笑いを浮かべた。

「ははあ、アプリア。なるほどね」

「なるほどって何が」

「アプリアは王家の血を継ぐ特別な魔女だから、ちょっぴり特殊なことが出来るんだ。あの不可思議な王宮の中を自由に動き回れる。地図に無いような、誰も入ることが出来ない通路や部屋にも入ることが出来る――これは、アスロポリカの王たる魔女しか持たない不思議な力でね」

ヴィルゼーは話しながら、慣れた手つきで系譜やら書物の類を棚に戻していく。

「前にアプリアが言ってたんだよ。城下にある古い建物はみんな、繋がっているかもしれないって。どうやら当たりだったみたいだね。城を探検していて、偶然研究室に着いちゃったんだろう。うちの研究室は学院の中でも歴史のある建物だから」

サニールディナ学院はアスロポリカに最初に出来た教育機関だけあって、敷地内に古い建物が少なくない。研究棟のいくつかは開校当時から変わらぬ姿で存在しているという。在籍する学生が増えたため教室棟が新たに建てられたのだと、留学当初に教員の誰かに聞いた事がある。

「その王家の系譜とか女王に関係する資料って、もしかしてアプリアさんの探検の成果?」

ヴィルゼーは親指をぐっと突き出した。正解のようだ。溜息をついてしまう。

「バレたら大変なことになるんじゃないの」

「まあ、大変なことにはなるだろうけれど。もう五年以上アプリアは王宮に忍び込んでいるし、しょうもないヘマをこいたりはしないよ」

姉の話をするヴィルゼーはどこか誇らしそうで、いつもの鬱陶しいニヤニヤとは少し違った笑みを浮かべている。ヴィルゼーと魔女――アプリアが姉弟であるというのは、おそらく偽りではないだろう。

「それにしても、よくバレずに済んでいるよな」

「ラピッツがこっそり手引きをしているから――たっ」

得意げな毛玉頭を不意に現れた影が叩く。スウリも驚いて後ずさってしまった。

「こら、話し過ぎだぞ」

幼い顔を精一杯怒っている形に曲げて、ラピッツはヴィルゼーを背後から見下ろしている。

「どうしてここに」

「どうしても何も、ここは俺の家でもあるし。今日は往診の日だから、公務片して帰ってきたの」

「気配を消しながら近づくなんて酷いや」

ヴィルゼーは不満げに頬を膨らませる。ラピッツはその頬を無理やり抓った。

「怪しい話をしているって教えてくれたものでね」

「誰が」

「アプリア」

痛そうな頬をさすったまま、ヴィルゼーは口を噤んだ。ラピッツは呆れたような溜息をついて、その場に腰を下ろした。

「スウリくん、ヴィルゼーが勝手に喋ったことではあるけれど、ここで見聞きしたことは誰にも言わないでもらえるかな」

妻子のいる男とは思えないような幼い美貌で懇願されると、頷く他ない。もっとも、初めから誰にも言うつもりはないが。

「あの、アプリアさんは何処から俺たちの話を」

そう聞くと、ラピッツは肩を竦めてみせた。

「あの子は魔女だから、どうやって聞き耳を立てて居たのかは俺にも分からないよ。でもヴィルゼー、お前の話は大体筒抜けだからね」

ラピッツに小突かれて、ヴィルゼーは決まりが悪そうに頭を掻いた。

「さて、ヴィルゼー、夕食をお願いしてもいい? そろそろ時間だから」

「ああ、うん。スウリも食べていくかい」

何となくここで家に帰る気にはならなかったので頷くと、ヴィルゼーは満足そうに笑って立ち上がった。

「スウリも手伝ってくれる? 僕ひとりで作るには、今日はちょっと人数が多い」

「分かった」

ヴィルゼーに続いて、ラピッツとスウリが階下に降りたのと同時に玄関の戸が開いた。そこに立っていた人物を見て思わず目を剥いた。

「レヲミールさん、それにムクまで」

レヲミールは一瞬驚いた様に固まって、盛大に溜息をついた。

「スウリ。お説教はあとでするからね。絶対にね」

ドスのきいた声に背筋が凍りつくのを感じた。レヲミールはラピッツに促され、慣れた顔で廊下を進んで行った。その後ろを、重そうな鞄を抱えたムクが苦笑しながらついていった。訳も分からず口をパクパクしているスウリにヴィルゼーが耳打ちしてきた。

「レヲミールさん、ああ見えて腕利きの医者なんだ。そっちが本業」

「え、そうなの」

「いろいろ訳ありでね。おおっぴらに病院を開けないんだって。うちの家族もさっきの話にあった通り蔑視されているから普通の病院には行けなくて、定期的に来てもらっているのさ」

一階の奥の方でミルティーとレヲミールの声が一瞬聞こえ、その後すぐにドアが閉められた音が響いた。

「という訳だ。みんなの分の夕食を作るよ」

ヴィルゼーはいつものようにへらへら笑って、キッチンの方に歩いていった。




2020/12/12 一部改稿いたしました

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