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精霊戯曲・其の一【アスロポリカの魔女】  作者: 其の子。
第二章・・・ネイロニース家
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アスロポリカの魔女・・・ネイロニース家2

 ネイロニース家の屋敷は内装の類は質素だが、柱や梁を見る限りしっかりした造りになっているようだ。石の敷かれた玄関にはいくつか靴が並んでいる。

「あ。うち、土足厳禁だから。ここで靴脱いで」

「ああ、うん」

ヴィルゼーに倣って靴を脱ぐ。スウリの祖国ではさほど珍しくない風習だが、アスロポリカで土足禁止の家に上がるのは初めてだった。久しぶりの動作に手こずる。

「ただいま」

ヴィルゼーが家の奥の方に向かって声を掛けると、パタパタと足音がした。程なくして、若い女性がひょこっと顔を出す。女性の短い髪に、何となくフランカの面影を感じた。

「ヴィルゼーくん、おかえりなさい。あら、そちらは?

お友達?」

「うん。いつも話している、スウリだよ」

「あらっ、あの留学生のスウリくん? 初めまして」

女性はにっこり笑って、会釈をした。スウリも頭を下げる。

「スウリ。このレディはラピッツの奥さんでミルティー」

「え、結婚していたの?」

ラピッツは学生と間違えられてもおかしくないほど若く見える。結婚しているとは思ってもみなかった。しかも、ミルティーの体つきを見てハッとする。お腹が大きく膨らんでいた。

「赤ちゃんが?」

「そうなの。もうすぐ産まれるのよ」

ミルティーはそう言って、嬉しそうにお腹をさする。あの若さで妻子持ちか――白うさぎのような後ろ姿を思い浮かべる。

「それじゃあ、僕らはちょっと僕の部屋で会議をするから。ミルティーは少し休んでいて。夕飯は僕が作るからね」

ヴィルゼーはミルティーの肩をぽんぽん叩き、階段を上っていった。嬉しそうに微笑むミルティーに会釈をして、スウリもその後に続いた。

 ヴィルゼーが入っていった部屋の手前、壁に掛けられた写真が目に留まった。今より少し幼さが残るラピッツとミルティーが並んで笑いながら、小さな男の子と女の子の肩に手を添えていた。男の子は髪の感じからしてヴィルゼーなのだろうが、彼によく似た笑顔を浮かべている黒髪の女の子に心当たりは無かった。

「おーい、スウリ。早く来いよ」

室内からの声で我に返る。

「今行く」

写真をもう一度だけじっと見て、ヴィルゼーが入っていった部屋に向かった。

 壁いっぱいの本棚に何となく既視感を覚える。造り付けの棚には巻物らしきものがいくつも押し込まれていた。ツンとした古い紙の匂いが鼻をくすぐる。

「なんか、うちの研究室みたいな部屋だな」

「あそこには無い本ばかりだけれど」

ヴィルゼーは笑って、一つの巻物を棚から取り出す。

「それは?」

「アスロポリカの、王家の系譜さ」

「え」

何故そんなものがここにあるのだろう。訝しむスウリに「まあ座れよ」と、クッションを差し出してきた。

「この系譜は門外不出の品だから、みんなには内緒ね」

ヴィルゼーはそう言って巻物を広げた。人名と思しき文字列は、全てロポリカステルで書かれている。

「待て。本当にこれ、本物なのか。何でこの家に」

ヴィルゼーは腕を組んで少し考え込む。

「スウリ、研究室で読んだ本の中に、■■■って言葉が無かった?」

「え、何?」

ヴィルゼーがサラッとロポリカステルと思しき言葉を発音したのに驚く。文字列として意味を理解することは出来るが、読み方は知らなかった。ヴィルゼーは本を一冊抜き取り、適当なページを開いて一つの単語を見せる。

「これ」

その単語は、何度か目にした記憶がある。

「えっと、信番ってやつ?」

訳語の意味が分からずにレイズリーに聞いた事があった。かつて王に最も側近く仕えていた者の職位の事だとか言っていたはずだ。

「そうそう。信番はケイプカリスが女王になって程なく廃されてしまったから、今は無いんだけれど。うち――ネイロニース家は代々信番を務めていた。ここにあるのはその頃の資料っていうわけ」

「何で信番って無くなったんだっけ」

どれかの本で読んだような気がするが、思い出せない。

「王族の暗殺に関与したっていう、馬鹿みたいな濡れ衣で失脚させられたんだ。ネイロニース家の政敵――ケイプカリスを女王にした人達にとって、信番がいるのが都合が悪かったんだよ」

ヴィルゼーはどこからかクッキーの入った缶を取り出して、一枚齧った。

「スウリさ、この国で一番身分が高い人と、低い人って知っている?」

「高いのは女王だろ。低いのは、うーん。分からないな」

ヴィルゼーは何度か頷いた。

「それはね、死体を扱う人さ」

「死体を?」

「そう。死体を扱う職業の人はみんな黒い官服を着せられる。うちの父親もそうだよ」

ここに来る道すがら、ヴィルゼーが言っていた言葉を思い出す。罪人の埋葬をするのが、父の仕事だと。

「信番は女王に次いで位が高かったんだ。それが、無実の罪で一番蔑視される位に落とされたっていうわけ」

「その無実の罪――王族を殺害したっていう事件ってどういう事件だったのか聞いてもいいか」

「ああ、そうだね」

ヴィルゼーは系譜に視線を落とすと、指でトントン、と系譜の一番端の方の一人を指した。

「先代の王であったレスティア様――この方には夫や子供は居なかった」

ヴィルゼーは系譜に再び視線を落とすと、レスティア王に並んで記されている黒い名前を指でトントンと示した。

「レスティア王には、ゼナという弟君がいた。大層好色なお方だったらしく、あちこちに通う女がいた」

ある時、ゼナは毒を盛られて暗殺される。その犯人として連れてこられたのは、一人の平民の女だった。

「女はゼナ様が密かに自分の元に通っていた事、結婚の約束を反故にされたためにゼナ様を殺害したと、当時の信番に供述した――この事は、信番の記録簿に残されていた」

ヴィルゼーは本棚から赤い糸で綴じられた古い本を抜き取り、その記録を指した。

「信番の残した記録には、どの家のどの女性と関係があったのか事細かく書いてあるけれど、この女と彼女の子供については一切記録されていない」

「子供が居たのか」

「そう。まだ物心もつかない幼い娘が居た――この女は、その娘がゼナの娘であると主張していた」

「それじゃあ、その娘っていうのがまさか」

「現女王のケイプカリスさ」

ゼナがこの女の元に本当に通っていたのか、娘が本当に王族の血を引いているのか――レスティア王には分からなかった。ただ、幼子に罪は無い。そうして、自らの手でケイプカリスを育てることにしたという。

「本当にゼナ様の子か分からないのにか」

「変な話だよな。それに、まだゼナ様暗殺事件については続きがあるんだ」

「続き?」

ヴィルゼーは黒い革で綴じられた別の本を開く。

「これは、執刑部――刑罰の執行を担う部署での報告書なんだけど、これは父さんのツテで手に入れた」

「押し入った訳では無いよな?」

スウリの問いにヴィルゼーはへらへら笑うだけだった。もし本当に押し入っていたとしたら、この報告書の信憑性はぐんと高まるのだが――ヴィルゼーの強引さならやりかねないとは思いつつも、ここは気に留めないでおくことにした。

「ここにはその母親の執刑部での供述が記録されている。それによれば、殺害を実行したのは女自身だったが、殺害を指示したのは初めの取り調べに現れた信番によく似た男だったらしい」

「え?」

「つまり、女はその信番に殺害を唆され、先の取り調べでは自分の独断で犯行に及んだという供述を誘導された――という筋書きになった」

思わず眉根を寄せて唸ってしまった。

「仮に本当にそうだったとしても、動機がないじゃないか」

ヴィルゼーは頷く。

「勿論、レスティア王は最期まで信番と、ネイロニース家を庇っていたさ。でも事件の目撃者はいないし、ケイプカリスの母親は執刑部に移されて程なく獄中で亡くなった。レスティア王が崩御された時、これを好機と見た政敵たちはすぐに信番制の廃止を進めた」

その結果、ケイプカリス即位後五年余りで信番制は完全に廃止されることとなった。ネイロニース家は一番街にあった由緒ある屋敷を没収され、四番街に粗末な仕事場だけを与えられた。

「まあ、国の要職についていて、かつ清廉潔白な仕事ぶりだったのもあって四番街の連中にも一目置かれる存在だったからね。家を失って途方に暮れていた一家を哀れに思った大工たちが、この家を建ててくれたんだって」

「大工、っていうとティズの家とか?」

「そうそう。ちなみに四番街の半分くらいは大工だよ。あんなヤバい建物建てているくらいだしね」

四番街の象徴かのようなあのカオスな様相の建造物が目に浮かんだ。

「ティズはそんな大工さんたちを率いる棟梁の息子だから、実質四番街の次期ボスってところだよ」

ヴィルゼーはからりとした笑い声を立てた。スウリもつられて笑う。

「怒らせたら大変そうだな、四番街の腕っぷしみんな敵に回すようなものだろう?」

「そうだね。ティズが怒っているところはあんまり見たことないけれどね」

ヴィルゼーは弛んだ表情をきりりと引き締めるとわざとらしく咳払いをして、再び系譜に視線を戻した。


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