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精霊戯曲・其の一【アスロポリカの魔女】  作者: 其の子。
第二章・・・ネイロニース家
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アスロポリカの魔女・・・ネイロニース家1

 留学してから何度目かの学院共通試験は滞りなく終わった。順位はそこそこ良かったものの、例によってヴィルゼーは他の学生達をぶっちぎってトップに君臨しており、フランカも二年生の中ではかなり上位に食い込んでいたので、何となく敗北感を感じざるを得ない。次こそは、と密かに闘志を燃やしている間に、気がつけば夏が近づいてくる気配がしていた。

 スウリを含む二年生組は授業数が大幅に減って研究会に割く時間が増えた一方、上級生たちは以前よりもかなり授業が忙しくなっているらしい。試験後の研究室はいつもよりも静かだった。

 そのうちに、忙しいココやルーニアに代わって当番制でバルコニーの植物に水をやるようになった。当番制と言っても、ヴィルゼーやフランカは何かと理由をつけてスウリに押し付ける事も少なくなかったのだが。

 植物によって必要な水分量が違うので、ココの書いたメモを見ながら水やりをする。メモには、植物の特徴を捉えた上手なイラストが併せて描かれていたので、植物の名前が分からないスウリでも世話が出来た。

「こいつは、赤い芽が出ていたら摘み取って、芽は瓶に入れて、日付をラベリング」

メモの内容を声に出しながら、植物の手入れをする。慣れてきたとはいえ、手間のかかる作業だった。ココとルーニアが研究室にいる時間の大半をこのバルコニーで過ごしているのも頷ける。

 いくつかの瓶をラベリングし終え、別の植物を観察していた時、部屋の中から物音がした。上級生が来るにはまだまだ早い時間だし、ヴィルゼーかフランカが来たのだろうか――驚かせようと、大きな葉の陰に隠れて耳をそばだてる。

「あ、ちょっと」

男性にしては少し高めの声――そっと葉を捲り室内を覗くと、真っ白な髪が見えた。ラピッツは彼の机に纏められた書類の山の向こうに視線を投げている。その辺りには、学院の裏庭――手入れされる気配の無い草の海――に面した窓がある。まさかそんなところに誰か居るのだろうか、じっと目を凝らすが、この位置からはよく見えない。

「それで出てきちゃ駄目だよ、アプリア」

ラピッツが慌てたように呼びかけたのは知らない名前だった。応じる声は風にかき消された。幽霊部員だろうか、と葉の隙間から無理やり室内を伺う。かろうじて見えたのは、階下の窓の向こうに翻るスカートだけだった。「アプリア」が去ったのを見て、ラピッツはやれやれと溜息をついた。それから机上の書類を抱えて研究室から出て行ってしまった。 

 バルコニーからそっと室内に入る。人の気配は無い。階段を静かに下りてあの窓の外を窺うが、背の高い草が生い茂っているだけで、人が草を踏みつけた跡すらなかった。不意に柔らかな風が流れ込み、花の香りがスウリの鼻をくすぐった。アプリアという部員の事は、後でフランカにでも聞いてみよう――そっと窓を閉める。

 一人だと持て余してしまう広いテーブルに、読みかけの古文書とレポート用紙を広げた。


 随分長いこと解読に熱中していた。どうしても分からない一節が出て来て、部員お手製のロポリカステル辞書を見ようかと顔を上げると壁に掛かっている時計が目に入った。いつもならこの時間にはヴィルゼーもフランカも研究室に来ているのに、と首を傾げる。不思議に思いながら席を立ち、部屋の奥に並ぶロッカーへと向かう。

 スウリはいつもロッカーに辞書や資料を仕舞っている。一番下の段にあるのでいちいちしゃがみ込まねばならないが――何気なく開いたロッカーには見慣れない研究ファイルが並んでいた。慌ててロッカーに掛けられた名札を確認すると、間違えて隣のフランカのものを開けてしまったようだ。蓋を閉めようとして、一つだけ随分と使い込まれた分厚いファイルがあるのが目に留まる。何となく、周りに誰も居ないのを確認してから興味本位でパラパラ捲る。綴じられている複写された資料には、フランカの丁寧な字でいくつも書き込みがされていた。

「魔女とは、女王の素質とは、ケイプカリスは――」

続く文字にどきりとした。その直後、ファイルが取り上げられる。心臓がバクバクと痛い。顔を上げると、ヴィルゼーがファイルを持ち上げたまま、じっとこちらを見下ろしていた。

「スウリって案外スケベだな」

ははは、と笑い声が漏れるが目が笑っていない。

「お前、それ」

「何か悪いものでも見たのかい?」

口調はいつもの様に軽やかなのに、彼の碧い瞳はこちらが余計な口を挟む隙を与えない圧力を放っている。

「――いや」

「それならいいよ」

ぽん、と肩を叩かれる。ファイルがロッカーに戻されて、鍵がかけられた。ヴィルゼーの態度にモヤモヤしたものが湧き上がるのを感じた。

「それ、フランカに読ませてどうするつもりなんだよ」

資料の仕分けをしているのはヴィルゼーだ。捲った資料の中には数日前に一緒に仕分けしたものも混ざっていた。そして、その資料には物々しい言葉が書き込まれていた――ケイプカリスは女王たる資格無し。

「なんだ、やっぱり見たんじゃない」

ヴィルゼーはつまらなそうに口を尖らせる。

「もしバレたらやばいんじゃないの、それ」

ファイルに綴じられていた資料は恐らく、ほとんどが王室に関する記録だった。スウリも何かしらで見た事のある王の名前がいくつか書かれていた。ヴィルゼーはにやっと目を細め

た。

「ケイプカリスがなんで女王になったのか――、彼女の出生については全くどこにも記録が無いんだ。不思議だろ。知りたくならないかい」

胸が嫌な感じに脈打つのを感じる。

「お前らだけなの、これ調べているのは」

「当たり前。先輩方はどちらかといえば、女王様を尊敬しているからね。こんな話したら女王軍に突き出されちゃうって」

ヴィルゼーは壁の時計をちらりと見遣った。

「これから時間ある? まだ話を聞きたそうだけど、学院だと誰が聞いてるか分からないし。場所を変えたい」

「どこに? ハウス・レコか?」

うーん、とヴィルゼーは顎をポリポリ掻きながら少し思案して、閃いたように目をぱちぱちさせた。

「僕んち。いろいろ、珍しいものがあるから」

「ヴィルゼーの家って」

「四番街、一回くらいは入ってみたいだろ」

話に聞いてから結局一度も近づくことの無かった場所だ。未だにどんな場所か見当もつかない。

「僕が居れば、変な目には遭わない。一人では絶対来ない方がいいけれど」

ヴィルゼーは静かに目を細めて、研究室から出て行く。スウリは急いで荷物を纏めて、ヴィルゼーを追い掛けた。


 三番街の中でも、レヲミールから「近づくな」と念押しされている通りがある。ティラミス通りという。

 ティラミス通りは入り組んだ路地の奥の、さらに奥にあるため、普段は近づくどころか目に留まることも無い。ヴィルゼー曰く、そのティラミス通りの先に四番街の入り口があるらしい。

 スクールバスの中でレヲミールの警告について伝えると、ヴィルゼーは腕組みしながら頷いた。

「ティラミス通りはさ、四番街の近くだけあって治安悪いから」

「そんなに?」

「ああ。魔女が出る程にね」

その言葉に思い切り目を剥いてしまった。

「あ、心配しないで。魔女が出るのは夜だから」

「いや、そういうことではなく」

スウリは周りをちらっと見回す。それほど車内は混んでいないものの、誰かが聞き耳を立てていないとも限らない。魔法絡みの話を研究会以外でするのには以前より抵抗があった。研究会やハウス・レコで散々脅されたからだ。

「まあ、噂の魔女はあくまで噂――僕は街で魔女を見たことはないよ」

いつもならただ鬱陶しいだけのにやにや笑いだが、今日はどうにも笑みに圧力を感じてしまう。あのファイルを見てしまった後ろめたさのせいでそう感じるのかもしれないが。

 三番街の広場前でバスを降り、慣れた風に街を進んでいくヴィルゼーの横をなんとか歩く。

「この辺、スウリは来たこと無さそうだな」

「ないよ。来る用事もない」

だよな、とヴィルゼーは楽しそうに笑う。

「道草は保護責任者様が許さないだろうしね」

「まあ、うん。レヲミールさんはあんまり怒らせたくない」

スウリが魔法研究会に入ってから、以前よりもさらに門限や移動に関して厳しくなった。スウリは自分で思っている以上に危ない橋を渡っている、としょっちゅう言われている。

 狭い裏路地を抜け、ティラミス通りの看板が見えた時、その向こうに見える異様な建物群に目が奪われた。それは家同士を無理やり寄せ集めて増改築を繰り返したような構造物だった。威圧感が異質で巨大な城を思わせるそれは、有刺鉄線の張り巡らされた小高い塀に囲まれて、アスロポリカの地図から切り離されてしまったかのような感覚を覚える。

「まさか、あそこ?」

スウリの祖国の隣国にも似たようなスラム街があったのを写真で見たことはあったが、実際に目の当たりにすると足が竦みそうになる。ティラミス通りに面した鋼鉄製の門扉の前でヴィルゼーは足を止める。門扉は硬く閉ざされていた。

「見るからにヤバそうだろ?」

ヴィルゼーは崩れた塀の隙間を指す。

「今は開門時間外だから、あそこから入るよ」

「開門時間?」

「朝六時から十時までと、夕方の四時から七時までしか正門は開かないのさ。国の取り決めでね。まあ、抜け道なんて数え切れない程あるから、入り慣れている人はそのどれかから入るよ」

頭を低くしてその隙間をすり抜けていくヴィルゼーに倣って、スウリも同じ姿勢で隙間をすり抜けた。

 塀の内側は独特な匂いが立ち込めていた。恐らくメインストリートであろうアーケードのようになっている道は、錆び付いた看板がいくつも張り出してきて視界を遮る。ヴィルゼーは早足でずんずん進んで行くのを急ぎ足で隣につけると、ヴィルゼーは笑った。

「あんまりキョロキョロしない方がいいぜ。その辺のゴロツキに難癖つけられたら面倒なことになるから」

どきりとして前だけを見る。

「怖いこと言うなよ」

「脅している訳じゃないさ。四番街は、そういう所だっていうこと」

四番街に入ってから、こちらに向けられている刺すような視線をあちこちから感じていた。ヴィルゼーが一緒でなければ、どんな目に遭っていてもおかしくない。

「研究会の先輩方も、みんなここに住んでいるんだよな」

彼らからこのような棘のような視線を感じたことは無い。

「そうだよ。まあ、ここの連中は他所者にはおっかないけれど、仲間には優しいからさ。スウリも身内びいきされているんだぜ」

ヴィルゼーはそう言ってスウリの脇腹を軽く小突いた。

 その「城」を抜けると、土が剥き出しの荒れ果てた広場が広がっていた。その真ん中には石造りの小さな碑がぽつりと立っている。碑には、「血を忘るべからず」と物々しい言葉が刻まれていた。思わず足を止めると、ヴィルゼーはスウリの視線を辿って、「ああ」と頷いた。

「ここはさ、十七年前、魔女が火炙りにされたところなんだ。四番街にとって、決して忘れてはならない場所さ」

ヴィルゼーは広場の先に見えている石垣に囲われた屋敷を指さす。

「あれが僕んち。行こう」

広場を離れ屋敷に近づくと、四番街の雑多な空気感とは一線を画した――どこか静謐な空気すら感じられる――三番街にもあまり見ないほどの厳かさを感じ、スウリは感嘆の声を漏らした。

「いい家だな。大きい」

「そうだねえ。この家は父さんの仕事場も兼ねているから」

「へえ、仕事場か。何かの職人とか?」

スウリの問いに、ヴィルゼーは僅かに沈黙した。それから声のトーンを落として、短く答える。

「マイソウ」

「え?」

聞き返すスウリの目を碧い瞳が真っ直ぐに見返して、口元だけで笑ってみせた。

「罪人の埋葬」

スウリの脳内で変換が追いついた頃、ヴィルゼーは家の裏手に見える森を指した。

「死刑が執行されたら、うちでご遺体を綺麗にして、あの森に埋葬するんだ」

「へえ……」

何となく返す言葉に迷っていると、いつものにやにや顔で小突いてきた。

「仕事中の父さん、かっこいいんだぜ。蔑んだりはしないでね」

「蔑む訳ないだろう」

その言葉にはすぐに反応出来た。スウリの返答に満足したのか、毛玉男はどこか嬉しそうに門をくぐって行った。スウリも後に続くと、よく手入れの行き届いている広い庭が広がっていた。その先の玄関の前でヴィルゼーが手招きしているのが見えて、急ぎ足で庭を抜けた。


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