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精霊戯曲・其の一【アスロポリカの魔女】  作者: 其の子。
第一章・・・魔法研究会
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アスロポリカの魔女・・・魔法研究会4

 翌日、ヴィルゼーは珍しく遅刻をしてきた。黒い毛玉のような頭が、寝癖でさらに膨れ上がっている。クラスメイトたちのクスクス笑いをよそに、ふらふら着席したヴィルゼーがこちらを振り向いて、にやっと笑った。

「おはよう、スウリ。調子はどうだ」

 時計をちらりと見ると、間もなく昼休みの終わりの鐘が鳴る時間だった。

「おはよう、っていう時間でもないだろ。お前こそ、遅刻なんかしてどうしたんだ」

「昨日、アルバイトが長引いちゃってね。寝坊した」

「そんな遅くまで、やっている店もないだろうに。どこでバイトなんかしているんだよ」

「とっても良いところさ。ところで、今日も来るだろう」

 まあね、と答えると、ヴィルゼーはとても嬉しそうに笑った。不本意とはいえ入会届を出してしまった以上、研究室に行かないのは自分の中の何かが許さなかった。魔法を信じた訳ではない。断じてない。ヴィルゼーは上機嫌に頷いて、いつものチョコレートを口に放った。

 放課後、例によってヴィルゼーに背後を固められながら研究室の扉を開けると、そこには見知らぬ男がいた。真っ白なさらりとした頭髪に、色白の肌、血の色が透けたような赤い眼。アルビノと呼ばれるその姿を、スウリは生まれて初めてこの目で見た。そして、王府の連中が身に着けている官服を着ているのに気がつく。学院のある城下には王府機関の本局や部局の建物が幾つか点在しているため、付近で官服姿の人間を見掛けることはよくあることだが、学院の敷地内でそういうことはほとんどなかった。官服は属する省庁によって色分けしていると聞いたことがあるが、彼が身につけているのは群青――この色は確か「教育庁」だったはずだ。

 何故この部屋に王府の役人がいるのだろう。戸惑っていると、彼に気がついたヴィルゼーがスウリの背後からするりと抜け出して馴れ馴れしく近づいていってさらに戸惑った。

「スウリ、紹介しよう。僕の兄ちゃんだ」

「ヴィルゼーの?」

 思わず声が裏返った。兄と言われたその男性があまりにも美しい見た目をしていたからである。背丈は小さくほっそりしていて、色素の薄さも相まって子ウサギのようで、大柄で真っ黒毛玉のヴィルゼーとは似ても似つかない。

「スウリくん、初めまして。ヴィルゼーからよく話を聞いているよ。俺はラピッツ=ネイロニース。よろしくね」

 ひどく色白で華奢な手を差し出され、恐縮しながら握手をする。部屋の片隅で本を整理していたレイズリーが、本の山からひょっこり顔を出した。

「ラピッツさんは教育庁の長官でね。我が魔法研究会の顧問も務めていらっしゃるんだ」

「長官が顧問? どうして」

 他のクラブもそうなのだろうか、と思案していると、それを見透かしたようにラピッツが苦笑した。

「ここは特別、ね。魔法の話は少しくらい知っているかな。この研究会は国にとって最重要の研究をしてもらっているからね。この国の未来を担う若者が、迂闊なことをして処罰されないように、チェックする人が必要なんだよ。だから、俺が見ているんだ」

「ラピッツが居てくれれば、謀反の企てなんかしていませんよっていう証明になるからな。こっちも安心して研究に打ち込めるというわけ」

 そう言いながらヴィルゼーはラピッツの頭をわしわし撫でた。ラピッツは表情を変えずにヴィルゼーをぐいっと押し退ける。

「やめなさい。お菓子抜きにするよ」

 ヴィルゼーは眉を八の字にしてしゅるしゅると引き下がっていった。あの毛玉のあしらい方の勉強になる、とスウリは感心する。ラピッツは部屋の隅の机に向かうと、ファイリングされた書類に目を通し始めた。

「毎週、ああやって、僕らの研究成果をチェックしに来るんだ。最後に講評までしっかりしていくから、こっちも手抜きが出来なくて真面目に研究をしないといけない」

そう耳打ちして、研究室の中央のテーブルにヴィルゼーがわざとらしくレポート用紙を広げ始めた。手持無沙汰なのも嫌なのでスウリもそれに倣おうとしたところ、二階のティズから声が掛かる。

「スウリはこっちな。今朝、大量に文献が届いたもんで、整理するのを手伝ってほしい」

「分かりました」

 二階に上がると、おびただしい量の本や頑丈そうなケース類でティズの周りは埋め尽くされていた。ティズの指示に従い、本の山を整理しながら小声で尋ねる。

「ティズさん、研究って具体的に何をしているんですか」

「ティズでいいよ。んー、研究年数とか実績にもよるけど、スウリやヴィルゼーみたいな二年生とかだと、古文書の解読がほとんどだな。本の背表紙に、赤いシールが貼ってあるやつは全部解読済み。今貼ってもらっている青いシールは、未解読の本なんだよ」

「へえ、この本を」

手元にある本を何気なく捲る。教科書や参考書にすら載っていないような見たことの無い文字が並ぶ。この部屋の看板にも同じような文字が使われていたことを思い出す。

「ロポリカステルって言ってな。古い時代、王族が使っていた文字なんだけど、魔法に関する記述って大体王族にまつわる話が多いからか、この文字で書き残されていることがほとんどでね。スウリも、本気で研究に挑戦したかったら、まずはロポリカステルを読めるようになるところからだな」

少しだけ興味がそそられた。ふと、階下のヴィルゼーを見ると、レポート用紙がものすごい勢いで埋め尽くされていくのが見えた。目を丸くしていると、ティズが笑う。

「あいつ、あれでいて頭めちゃくちゃいいからな。かなり貢献してもらっているよ。訳をつけてもらっていて、それを見ながら俺達は研究に勤しんでいるのさ」

「他の先輩方は何をされているんですか」

偏見だが、ルーニアやロイはともかく、ピンク髪のココは熱心に研究をするようには見えなかった。

「それぞれ、得意分野をやっているよ。ココとルーニアは薬学への魔法利用、ロイと俺は工学、レイズリーは史学、フランカとヴィルゼーは生活学。年長者はみんな研究熱心だから、研究室の運営までなかなかちゃんと出来なくて、結局フランカが副会長をやる羽目になってんだ」

ほれ、とティズが顎でバルコニーの方を示す。見たこともない不思議な植物が生い茂っている。

「ココはさ、薬学に関してはこの国でもトップクラスの知識量なんだぜ。古文書に書いてあった植物を勝手に復元させちゃったりするもんで、ある意味問題児。あの髪も、脱毛症に効く成分の実験を自分の身体でしていたら、体毛が変色してしまったんだ。本人は気に入っているみたいだけどな」

ガラス戸の向こうのココは、真剣に植物の手入れをしている。時々、ルーニアと目を合わせて笑い合っているのが見えた。見た目で判断していたのを少し恥じ入る。

「さ、手を動かさないと終わらないぞ。ヴィルゼーの解読が終わる前に、次の本くれてやらないと、あいつ怠けるから」

ティズは慣れた手つきでシールを貼っていく。ちらりとヴィルゼーの方に視線を投げると、レポート用紙が一枚丸々埋まるところだった。スウリも慌ててシールを手に取る。その後は、腕が重たくなるまでひたすら青いシールを本に貼っていった。

 その作業が終わる頃には、とうに最後のバスが出たあとだった。歩いて帰ると中々時間がかかるが、仕方がない。時計を見ていると、「どうした」と、ティズから声がかかる。

「あ、バスがもう無い時間だな、と」

「ああ、そうか、スウリはバス通学だったんだな。悪い、悪い。まあ、帰りは乗っけていくから心配しなくても大丈夫だぜ」

「乗っけていくって、車とか?」

ティズは少し思案してから、

「ま、似たようなもんかな」

と、にんまり笑った。それとほぼ同じタイミングで、階下から手を叩く音が鳴った。

「みんな、講評の時間だ。集合して」

レイズリーの呼び掛けに部屋のあちこちから返事の声が上がる。ティズに従い、スウリも階段を下りる。ラピッツは満足そうな顔で、分厚いファイルをフランカに手渡した。

「先に全体の講評を話しておくね。うん、それぞれで成果が出てきていると思う。ただ、それぞれの分野で相互に関連付けて研究を進められると、なお良い結果になりそうだな、という感じでした。君たちは、お互いに何の研究がどの段階まで進んでいるか把握している? あとは、分野ごとの知識の共有は出来ているかな。すごくいい成果が出てきているから、どんどん共有していってほしい」

はい、と全員が声を揃えて言った。

「フランカに返した研究ファイルにいろいろ関連付けられそうな点をピックアップして追記しておいたからね。今日はもう遅いから、中身を読むのは明日にしてね。いつも通り、研究成果の持ち出しは禁止。あと、こっちは詳しい内容のコメント書いてあるから、明日からのヒントにしてね」

そう言ってラピッツは、ひとりひとりにメモ用紙を手渡していく。それらは全て、端正な字で紙は埋め尽くされていた。あの短時間で全てのレポートに目を通して、このメモをそれぞれに書いていたとは――かなりのやり手である事が伺えた。この若さで長官職に就いているのも頷ける。

「僕の兄ちゃん、すごいだろ」

スウリの心を見透かしたように、ヴィルゼーが得意げに笑う。この兄にしてこの弟あり、揃って頭脳明晰とは、ネイロニース家は安泰だろうな――そんな考えが浮かんだ。

「あ、スウリくん」

不意にラピッツに名前を呼ばれて、ドキリと振り返る。

「きっと弟に無理やり連れて来られちゃったんだと思うけど、ここは面白いことをいろいろやっているから、気になることがあったら何でも研究してみてね」

「はい!」

ラピッツの言葉に、思わず背筋を伸ばして威勢よく返事をしていた。よう、とティズが囃し立て、他の面々も優しく笑いながら拍手をしてきた。少し照れ臭かった。


 玄関口で待ってな、とティズはどこかに行ってしまった。すっかり暗くなった廊下を玄関に向かって歩いていると、いつの間にか隣にいたフランカがしたり顔でこちらを見ている。

「魔法、少しは信じる気になった?」

「まだ眉唾もんだよ」

 もう、と不満げな声が響く。魔法そのものについてはハッキリ目にしないことには信じようもない。

「でも、思っていたよりもずっとみんな真剣に研究していて驚いたよ」

正直、お遊び程度の研究かと思っていたのに――スウリは穿った見方をしていた自分が恥ずかしくなってきた。フランカはふふ、と得意げに笑う。

「そうでしょう。スウリも古文書が読めるようになったら、きっともっと面白くなるわよ。さ、急いで、スウリ。ティズが来るから」

そう楽しげにスウリの手を引っ張る。

 玄関口には、研究会のメンバーが勢ぞろいして待機していた。スウリがその輪に加わった時、大きな足音とともに微かに地面が揺れた。

「うわ」

思わず声を上げていた。目の前に現れたのは、見たこともないほど大きな牡鹿だった。その角に跨るように、ティズが座っていた。

「ほら、みんな。乗んな」

牡鹿の背中には、大きな荷台が括り付けられていた。みんな慣れた風に、垂れ下がった縄梯子を伝って荷台へと登っていく。スウリが登るのに苦戦していると、上から手が伸びてきた。

「スウリ、早く」

レイズリーがにやっと笑って、スウリの腕を思いっきり引っ張った。バランスを崩しながら、荷台に転がり込むと、ティズが思いっきり牡鹿の角を叩いた。威勢のいい音が鳴り、牡鹿は勢いよく走り出した。

「これ、大丈夫なの」

道路には車も走っているし、人もまだそれなりに歩いている時間帯だ。

「大丈夫さ。しっかり掴まっていれば」

ヴィルゼーは荷台についている手すりを指差した。

「みんな掴まってるか? ちょっと飛ばすぜー」

 ティズが大きな声で言った。慌てて手すりに掴まる。その直後、思い切り宙に突き上げられるような感覚を覚えた。鹿は、宙を蹴っていた。

「これは僕とティズの研究成果でさあ」

向かいに座るロイがのんびり言う。

「こいつの足に、ちょっとしたマシンがついてんの。通常よりも高く、遠く、そして着地は優しくなるようにジャンプできるようになってる」

「それも、魔法?」

「魔法の仕組みを応用した工学って感じだね。魔法は魔力が動力だからさ。僕らには使える魔力が無いから、ちょっと工夫が必要だけど」

詳しい話は、気になるなら研究室で教えてあげてもいいよ、というロイの声は、風の音に混じって消えていった。

「研究成果の持ち出しは禁止って」

スウリがヴィルゼーに耳打ちすると、そっぽを向かれてしまった。確信犯だ。

 ふと、荷台の外を見ると、街明かりが遥か下に見える。

「さ、もうすぐ三番街だ。降りる奴準備しとけ」

ティズはそう言うと、鹿の角を軽く叩いた。身体が浮遊する感じがした時には、人気のない並木道に降り立っていた。あっという間の出来事だった。

「ほい、到着。気を付けて帰れよ」

しかし、そこで降りたのはスウリとフランカだけだった。怪訝そうな顔をしていたのだろう、荷台から身を乗り出したヴィルゼーが笑った。

「僕らは四番街だから。じゃ、また明日な」

ティズが角を叩く音がして、牡鹿はまた飛び去って行った。

「四番街って、遠いの?」

尋ねると、フランカは困ったように笑う。

「ちょっと特殊なところだから」

「特殊?」

「スラム街と言えばいいかしら。貧困層の人たちが住んでいて、隔離されているの。私たちには入れない場所なのよね」

「この国にも、そういう場所があるんだな」

辺りの街並みを見回す。少なくとも、スウリはこの国で一度も貧困層らしき人々を見たことがない。

「本当に幸福を実感しているのって、二番街、一番街の人間だけだと思うわよ。けれど、研究会のみんなは誰も格差について不満を言わないし、私にすら優しくしてくれて」

「私にすら?」

「私、一番街に住んでいるから。四番街に住んでいる人たちからは、嫌われることが多いのよ」

フランカはほんの少し寂しそうな顔をして、それからくるりと振り向いた。夜の闇に彼女の金色の髪が揺らめく。

「それじゃあ、私はこっちだから。スウリも寄り道しないでまっすぐ家に帰るのよ」

「どこから目線で言っているんだよ。お前こそ、暗いから気をつけろよ」

 はいはい、と笑いながら、フランカは一番街の方へ歩いて行った。


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