6. 登校
後書きにて語句・元ネタの説明等々入れております。
慌てて玄関を出ると、一気に冷静になる。
(はぁ、朝からひどい目にあったな。あてはないし、どうしよう。それに、夕飯抜きって言った巻姉さんの目、あれは本気だな……)
靴を見ながら歩いていると、庭の方から何か声が聞こえる。
「おーい、続のぼっちゃーん! 」
見上げると、庭師の草松さんの息子、栽路さんが呼んでいる。急いで駆け寄る。
「今日は、栽路さんだったんですね」
頭にタオルを巻き、朝から脚立に腰かけて高枝ばさみを携えている。巻いたタオルから伸びた、トレードマークの茶髪が目に入る。
「おう、親父に頼まれてね。腰痛で交代してくれって。俺もこのまま30近くでフリーターってわけも行かないだろ? 今年は庭師の免許取得に向けて、精を出してるわけよ」
「結構、さまになってるじゃない」
栽路さんが刈った後を見て言う。
「だろ? 試験も順番待ちでさ。それで、コンテストに向けても、ちょっとね。で、練習させてほしいんだけど、リクエストあるなら、熊でも何でも刈るよ」
「好きなだけ刈ってよ。人寄せになるかも。それにしても、急にどうしたの? 」
「俺も親父の跡を継ぐとか嫌だったけどさ、なんだかんだでこれしかないって気づいたのさ。気づいたらには、半端はしないってな。そっちは? こんな朝早くに」
「相変わらずだよ。さっきも人が抜けちゃって、人員補充しないと夕飯抜きだって、姉さんたちが」
手で目を釣り上がらせてみせた。
「お~、怖いお姉さん方で。人は見かけによりませんな」
栽路さんが顔を近づけて、声を落として笑ってみせる。
「栽路さんはどう? 使用人も、空いてるよ」
「それはお断り。今や女性恐怖症でね」
「見かけによらないね」
「このご時世で、遊び過ぎたバツさ。勲章だよ、勲章」
栽路さんが、軽くウインクする。
「じゃあ、僕は学校に行くね」
「ああ、ちょっと待ちな。ほれ、フットリフ持って行きな」
「いいの? 」
「ああ、もちろん。ぼっちゃん用だからな。姿勢パッチはないから出力最小限、使用は人込み避けてな」
「ありがとう」
「こんなのお安い御用さ。ハイスクールライフ、楽しんできなよ! 」
もう一度振り返ると、栽路さんが手を振って見送ってくれる。
フットリフ……強化ウェアの一つ。足に装着するフットリフは風の揚力を利用し、装着者の速度を上げ、歩行・走行の負担を軽くする。姿勢制御の姿勢パッチを当てるのが通常。人混みの中での使用は禁止されている。
家の敷地を出て、河川敷へ向かう。ここからはひたすら河に沿い、住宅地にさしかかると通学路になる。この通学路に沿うと僕が通っていた小・中学校になるが、これからはさらに歩く。
3駅分。計1時間ほどで高校に着く。家からの林道、河川が軽く半分以上占めるので、電車が苦手な僕は極力徒歩で登校している。
今日はフットリフのおかげで、半分は時間を短縮できた。足も痛くない。
校門に入ると、左には小さな駐輪所。正面には学年ごとの玄関。ここでフットリフを外し、靴を上履きに履き替え、教室へ向かう。1年6組、それが僕の教室だ。
席は窓際。横6列、縦5列の4番目。先日、席替えをしたばかりだった。まだ、誰もいない。僕は、フットリフを自分のロッカーに入れた。
誰かが早く来ていれば、声をかけていただろう。
「おやぁ、フットリフかい? 新川君」
振り向くと、担任の、青井先生が入室してきた。
「ああ、ごめんね。姿が見えたものだから、話しかけちゃった」
「先生も、早いですね」
「明日から、ゴールデンウィークだろ? 先生も休みたいものだから、早く来て庶務処理さ。ちょっと、話につき合ってよ」
「はい? いいですけど……」
青井先生と並んで歩く。僕よりも頭一つ分上くらいの身長。学校の先生と言うよりは、30代くらいのサラリーマンといった感じだ。民間からの教師枠。
「どう? 学校は?」
「はあ、公立の中学よりも不便だなとは思いますけど」
「ハハハ、僕が地方で高校生やってた時と、ココは端末室を除く、基本設備は変わらないからね。クラスにはもう慣れた?」
「ええ、話せる友達はほとんどいないですけど」
今のところ、一番話しているのが先生だった。先生があたりをキョロキョロ見回し、声を潜める。
「どう? 貴族の暮らしは?」
「それが、今日も1人抜けまして、今からその人員確保に……」
朝のことを思い出し、苦笑いする。
「大変そうだね。まだ、時間ある? 1杯つき合ってよ」
「はあ……」
言われるままに先生の後ろをついていく。職員室前。外に自動販売機と簡単な待合イスが置いてある。
「何がいい?」
「じゃあ、遠慮なくオレンジジュースで」
「先生はコーヒー、無糖だな。はい」
オレンジジュースが差し出される。こうやって、僕のことを何かと気づかってくれる。
「ありがとうございます。いただきます」
プシュッと缶を開き、待合イスに互いに腰をかける。缶の口から見える冷気を眺め、口をつける。
ハアァ――と、2人同時にため息をついた。
「お父さんはどう?」
「ええ、あいかわらず先住民の地に踏み入って、そこから怪しげな原料を調達しています」
「有名なアントレプレナーだもんね。君のお父さんの著作物は、いくつか読んだことがあるよ。僕らの先輩にあたるからね」
「あ、ありがとうございます」
よくわからないお礼を言う。
“アントレプレナー”……「起業家」。父親は諸外国の先住民の伝統を学び、薬草や特産品などを調達、輸入、加工、販売をしている。
こういったものに「健康になる」「やせる」「きれいになる」といったキャッチフレーズをつければ、人気と利益が上がる……らしい。これが事業の一つだが、中にはうさんくさい商品や売れない商品もあるから、体験をまとめた著作がまかなっている。これ以外はまともに起業していないのに、後々も起業家で通るから不思議だ。
「じゃあ、家にはあまり帰ってないんだ?」
「はい。いてもいなくても、今の所どうにかなってますし」
「前もって知らされてたけど、実際に家庭訪問した時は驚いたよ」
「あの時は、何かすみませんでした」
「こっちこそ、おもしろい体験だったよ」
父の代わりに館上さんと草松さん、それから姉さん4人がそろっていて、収拾がつかなくなっていた。思わず赤面して、下をうつむく。
「先生の方は、どうなんです?」
先生も貴族だ。
「僕の方は相変わらずさ。平均収入以上、一定の職。二つが長続きするようなら申請が通る。僕らくらいだと、少しいいクレジットカードを作るようなものだよ。後は献金に応じた階級と税制優遇……役所の手続きが増えたくらいかな」
その言葉に、思わず親近感がわく。
「次の執筆はしないんですか?」
「さぁて、ね。ゴーストワーカーの社会批評もモデルも、もう終わっちゃった感があるし、今はフリーターの仕事も年齢的にきつくなってきてね。ちょっとネタ切れ」
“ゴーストワーカー”……一種のサービス残業。休日中の出勤、その中でも監視カメラに映らない作業をする労働者を指す。低賃金で単純作業の職業に多く見られ、効率化、負担軽減のために本人が進んで行う。浮いた時間や労力を各々の時間に活用し、他の仕事や余暇などの外部活動に充てる。先生のフリーター時代をまとめた、有名な著作らしい。
「疲れてるなら、うちで扱ってるあやしい栄養ドリンクがありますよ」
「お、営業上手だね」
「オレンジジュースのお礼に」
「いいねぇ。一本、試してみようかな」
「今度、持ってきます」
先生がコーヒーを飲み干す。ウッと、胃に流し込んだ苦しさと苦い顔。
「さて、と。学校が終わった後の予定は? 映画館……なんて悠長なことやってる場合じゃなさそうだね」
「とりあえず、中学の時の知り合いを頼ろうかと。あ、先生はどうです?」
先生はコーヒーを飲むときよりも、苦い顔をする。
「僕はね、家事全般と共同作業の生活は苦手なんだ」
「そうには見えないけどなぁ。20歳くらい下の女性に教わるのが嫌じゃないなら」
「女性は、もっと苦手なんだ」
そう言って、青井先生も笑ってみせる。
栽路さんとも同じような会話をしたような……。
「勲章ですか?」
「ああ。くだらない意地と研究一筋だったバツさ。新川君、こうはなっちゃだめだよ」
「わかりました。そうならないように気をつけます」
笑ってみせる。
「いってくれるなぁ」
先生はうれしそうに首をもたげ、席を立つ。
「ありがとう、良い気晴らしになったよ」
「こっちこそ。ジュースごちそうさまでした」
「うん、次は授業で」
僕はその後、そわそわしながら席が満席になるのを待った。
<一口メモ>
フットリフというのが出てきました。俗に言う、マッスルスーツとかパワードスーツの1つですね。
この世界ではあらゆる科学技術が発展していますが、応じてこのような身体拡張機能、同時に必要な姿勢制御パッチなども身近な存在になっています。
その他にも必要に応じて心臓、脈などの制御できるパッチもあります。
ゴーストワーカー……
この世界ではほぼ解消されましたが、いわゆる現実で言うブラック企業の蔓延ですね。
管理が厳しくなる一方で、限られた費用、人員でノルマも達成しなければならない。
という状況の中で、「カメラに映らずに労働し、給料は出ないものの、負担を減らし、外部時間に充てる」という労働結託者が存在しました。それでのし上がった1人が主人公の担任・青井先生ということになります。
著作化しその功績が認められ、貴族認定を受け、民間として主人公の通う公立教師として在籍しているということになります。
元ネタは、コンビニのアルバイト時代ですね。皆、カメラにはバッチリ映ってましたが。
父親の詳細は、のちの本編で説明があります。