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4. 新川邸シスターズ

後書きにて語句・元ネタ等々説明を入れております。

 新川は不満がある顔をして朝食の席についている。

席には、いつも通り友理と巻、夜遅くに大学の飲みから帰って来て眠そうな暁美。

それから、調子の悪い様子の泉の4人が席に座っている。

広い室内、同じく広いテーブルに空席が目立つ。

 「泉、今日も調子悪そうね」

友理姉さんが話しかける。

「低血圧と冷え性で、朝はつらいのよね。特に手足……冷たいのを通り越して、

痛いのよ」

泉姉さんは苦笑いして、手をぶらぶら振って答える。

「もう、4月も終わりになるのにねぇ。年々、悪化してないかしら。

お茶、淹れますね」

巻姉さんが眼鏡の位置を直す。

「ありがとう、巻ちゃん。課題が多くて夜遅くなるから、結構こたえるのよね」

「アタシはコーヒーね。アタシも夜遅くなるのよね、昨日もつい……」

「暁美は、飲み会でしょ。ほどほどにね」

「あら、友理。飲みも大切なのよ~? 演劇は、体とコネも資本ってね」


 「はい、その前にお茶ですね。泉ちゃんはレモンティー、友理ちゃんは紅茶。

わたしと新川君はミルクティー、暁美ちゃんはコーヒーですね」

「サンキュー。いやぁ、人から淹れてもらったコーヒーは……いい香りだねぇ」

 いつもののどかな風景に対して、空席が目立つ食卓。

僕は不満で仕方がなかった。

春休みには8人いたのに、今しがた6人から5人に逆戻りしてしまった。

「不満かしら? 」

友理姉さんの余裕に、不満が募る。

「何? 不満? そういうのはメシを食べながらにしようぜ。

シチューとサラダが冷めちまう」

「暁美、サラダは冷めないでしょ」

「泉。そういう細かいことは、気にしちゃいけない。

それじゃ、いただきま~す」

 それぞれがスプーンを口に持って行く。


 「ん~、気が利くねぇ。飲みの次の日は、こういう消化にいいのが

ありがたい。うん、夜はスパイシー、朝は甘いのに限る! パンは……

玄米だけど」

「同感。理由は違え、暖かくて消化にいいのはありがたいわ。

レモンティーの渋みに対して、シチューの甘さがよく引き立つわ」

「パンもそうですけど、牛肉はスジ肉だからよく噛んでくださいね」

「ん~、スジ肉だけど、よく煮込まれてて文句ナシ! 

友理と巻ちゃんの豪華な朝飯に、乾杯! 」

「はいはい、夜の気分は抜いてね」

 勝手な音頭を取る暁美姉さんと、それをなだめる友理姉さん。

「ちょっとテレビつけていい? 」

 聞くよりも早くリモコンを手に取り、電源を入れる。


 「……それで? 新川君は、何か不満がおありなわけで? 」

リモコンを無造作に置くと、片ヒジをついてシチューをほおばり、

けだるそうな目で覗きこむように聞いてくる。

「不満っていうか、どうするの? まほちゃんの代わりのシフト。

辞めた理由も報告しないと」

「まほちゃん辞めたの? 私も知らないわ」

泉姉さんは、我関せずというように冷静だ。

「んなもん、いつものことだし、理由なんて適当に報告すりゃいいと

思うんだけどな。突然だったし、送別会できなかったね。

今度呼ぼうか、いつにする? 」


 「ハイハイ。その前に、友理か巻ちゃん、先に理由をお願いするわ」

「やめた理由はね……」

巻姉さんの様子を伺うに、重要な問題ではなさそうだ。

「巻ちゃん、それは私から。続君、何事も突然なんてないのよ。

小さな積み重ねが信頼を築く様に、

信頼を崩すこともあるのよ。だから、一雇用主として気を配ることも

大切なのよ」

 一転して、諭すような口調。

「……何? そんなに信頼を崩すようなことを僕がしたの? 」

心当たりがなく、思わず顔がひきつる。

「毎日シフトをこなす単調な作業に……」

「そうは言っても、みんな平等に割り振りはしてるから……」


 「まあ、話は最後まで聞きなさい。使用人と言っても、掃除に食事に

共同生活。いわゆる『貴族』の生活が体験できて魅力はあるけど、

逆にお給金がどんなに高額でも、外で見る華やかさよりも地味で単調で、

中学生には飽きるし親元に離れて暮らすには早いのよ。

続君も年の近い異性だし」

 うんうん、と3人が首をうなずかせている。

「何? まほちゃんのご両親から何か言われたの? 」

……だんだん、甘かったシチューもミルクティーも、苦く感じてくる。

「話は最後まで」

「はい」

 まほちゃんの両親に限らず、未成年や学生を雇う時には保護者に話や

契約の確認は行っているし、特に、同居に関しても承諾をもらっている。

 むしろ、まほちゃんの両親に至っては快諾してたし……日頃の気の配り方や

契約に不備でもあっただろうかと、思案を広げて落ち度を探す。

 ――が、心当たりがない。不安が募るだけで、友理姉さんの話は要領を得ない。


 「要するにね」

「はい」

「彼氏ができて、付き合う時間が欲しいって。それで、メイドって他のバイト

代より高いじゃない? 特に人手が足りないうちみたいな所は。

お金は十分できたから、暇が欲しくなったらしいのよ」

「…………」

 思わず脱力しそうになる。報告書には、備考欄にでも記載しておくか。

こういう理由を聞かされるのは、毎度のことだった。

「事情は分かったわ。でも、やめる必要はなかったんじゃない? 」

泉姉さんがティーカップを静かに置き、口を挟む。

「ほら。ここは、駅からも住宅地からも離れてる林道で、移動に不便でしょう? 」

やんわりとした口調ながら、巻姉さんが一言指摘する。


「なるほど」


 それを言われたら納得するしかなく、一同はうなずいた。

通勤に交通が不便のため……募集にも、退職理由にも、念押しの記載が

必要かな。とりあえず、自分に落ち度がなくてほっとする。

それはそれとして、

「それで、次はどうしたらいいの? 」

一番重要な問題だった。皆に問いかけた。

「募集かけたら? 」

「かけてるよ。家の前にも募集広告貼ってるし。通る人はほとんどいない

だろうけど」

「ま、うちの大学でも知り合いとか誘ってみるよ。あてはないけどね」

……いつもと同じだった。

こんなことをあれこれ言った所で、まともに人員が引っ掛かったことは

一度もない。


 「わたしたち、古株が残ってますから。別館の館上さんたちも、

呼べば手伝いに来るって言ってましたし」

巻姉さんがそうは言うものの、幾分か調子外れの提案だ。

「館上さんに別館とうちの経理一切を仕切ってもらってるし、悪いよ」

「……とか言って、単に館上さんにぼっちゃんって孫扱いされるのが、

嫌なんじゃないの? 還暦過ぎて、ますますぼっちゃんを溺愛のようで」

暁美姉さんが身を乗り出して、ニヤニヤ笑みを浮かべて言う。


 「暁美。そういうのほどほどにね。見かけが丈夫そうと言っても、

還暦を過ぎた館上さんを、そう何回も往復させるわけにもいかないわ。

小さい時からお世話になってる恩を、仇で返すようなものよ」

「友理の言うとおりね。館上さんに限らず、夏も雨も冬も雪の日も、

思い出すだけで冷え性が悪化しそうだわ……ともかく、中庭も外庭も、

還暦過ぎた庭師の草松さんに任せきりなんだから、中のことは自分たちで

回さないと。とにかく1人抜けた分は、その分補充しないとね」


 そうこう言いつつ、スプーンで空の食器をつついている。何も決まらない。

「じゃあ、とりあえず、まずはまほちゃんの抜けた分のシフトの確認、

入れるなら返事か挙手をお願い」

リビングに掛けてある電子シフトを立ち上げ、声をかける。

「朝食、昼食、夕食はまあ分担できるとして、客室の清掃は……来客前だけで。

後はテラス、サロン、応接間、遊戯室、ダイニング、キッチン、その他個室は

……各自でいいとして、バスの汚染度……汚染度って言葉どうにかならないかな。

8OK、トイレ10――まあ、軽く掃除で、書斎14はホコリをハタくぐらいでいい

かな? 地下倉庫の在庫整理……」

 まほちゃんのシフトを消しながら、日付、曜日、場所、人数を確認する。

「ふぅー、要領えないねぇ。どれ、お姉さんに貸してごらん」

暁美姉さんが横から、ひょいと取り上げる。


 「僕の名前で埋めるのは、ナシだからね」

「あら、バレたか。ふむふむ、あちゃー。これはなかなかめんどいわ」

「ほら、暁美。貸してごらんなさい。こういう時は、友理。号令お願い」

泉姉さんが電子シフトを取り上げる。

「そうね、ほら、みんな! 一列に並んで曜日ごとに回しましょ! 」

 友理姉さんが2回手を叩き、一同が席を立つ。

僕は席に着き、その様子を眺める……とても心配だ。

「お~お~、相変わらず効率的なことで。そんなんじゃ、ますます男が

遠ざかるぞぉ~? ほら、そこの所。学生はデートに使う時間ですぞぅ~」

暁美姉さんが、泉姉さんの手元を覗き込むようにしてからかう。


 「はいはい。あなたの言う、飲みやコネとやらでいい人がいたら、

紹介してね。はい、暁美」

「ほいよ。ったく、演劇に映研といい、舞台も映像も俳優も演出から

脚本も、ろくなもんはいねぇよ。

たかだか大学の学園祭レベルじゃ、程度が知れてるって。

思い出すだけで、タバコが吸いたくなるぜ」

  チッと軽く舌打ちを打つ、暁美姉さんと目が合う。

「え? 僕のこと? 」

「アンタのことじゃないさ。まだマシな方さ。精進しな、若者。

ほいよ、巻ちゃん」

「はい。こういう話だと、肩身が狭くなるわね。新川君」

「あら、巻ちゃん。続くんには、ちょっと厳しいくらいがちょうどいいのよ」

「友理、それは心理学の知見かしら? ちょっと、興味があるわね」

「そういうのは、僕がいないときにしてよ」

「あ、シフトの前に大学のタイムテーブルも確認しなきゃ」

「巻ちゃん、私たちは明日からゴールデンウィークで1週間休みでしょ」

「あ、いけない。そうでしたね。はい、友理ちゃん」


「だったらよ~、業者に任せればいいじゃん。アタシも休みでも午後は演劇、

夜は飲み会で忙しいんだから」

「ダメよ、暁美。ゴールデンウィーク中は、業者も休みなんだから」

「でもよ、友理。二月に1回は来てもらってんだろ? これを一月や2週間に

したって、業者も文句言わないって。あ、うちにそんな費用はないか」

「それこそ、館上さんが血相を変えて飛んで来るわよ。自分たちのことは

自分でするなんて言っておいて、何度も業者が行き来してるなんて。

今週は、こんなものかしら。はい、巻ちゃん」

 ……こうして電子シフトは何回も往復し、再び僕の手元に戻ってきた。

手早くシフトを確認し、みんなは口をそろえる。


 「じゃあ、後の空いたところは、新川君か手分けする方針で」


「……って、これじゃいつもと変わらないじゃんか! 」

「しょうがねぇじゃん。こればっかりは、どうにもなんねぇよ」

「わたしも、朝は弱い方なので朝の二コマは余裕が欲しいところですね」

「同感ね」

「続きはまた後でするとして、私と巻ちゃんは先に食器を片づけるわね」

「カップは残しておきますから、好きなのを飲んでくださいね」

「じゃあ、アタシはとりあえず一服」

「暁美。窓際でね」

 泉姉さんは静かに一言注意すると、ラックから1冊カタログを取り、戻る。

「ハイハイ、わかってますよ。いやぁ、早起きもいいもんだねぇ。

朝に余裕があると、日光もタバコもうまい」


 暁美姉さんは背伸びし、灰皿を片手に窓際に向かい、レースを開ける。

壁際で体を預けるようにして座り、片方の足は伸ばし、もう片方の足は

立てている。火をつけてゆっくりと吸うと、窓の外へ吹きかける。

腕だけ外に放り出し、指に挟むタバコは煙をゆっくり立ち昇らせ、

ゆらゆら天井へ届いている。その一連の動作を何気なく見ていたら、

暁美姉さんと目が合った。

 暁美姉さんはああ、と何かに気づいたような素振りで、持っているタバコに

目をやると、ゆっくりとこちらに向けてきた。


「――吸う? 」

「吸わないよ! 」


 泉姉さんはインテリア関連のカタログからは視線を上げず、

「まったく」とため息をついた。いつもの一連のやり取りに、

軽く頬杖をついた表情が微かに微笑んでいる。



<一口メモ>

登場人物は、本編で後々説明あるので省略。

新川邸で中学生を雇っていたということですが、この世界の日本では子供にも労働開放を行い、簡単な労働など一部認められています。

少子高齢化が1つのテーマにあり、「だったら俺、子供の時働きたかったし、働いてお小遣い稼がせちゃえ」という軽いノリが発端です。


各部屋にはセンサーを取り付け、汚染度を確認するのも当たり前になっています。

汚染度とは、要は汚れ具合です。その他、話題のPM2.5や黄砂等々も検出します。

ホコリか、油脂か皮脂かといった分布度や汚れ具合をセンサーがチェックし、数値化し、洗剤は何がいいかなど、清掃ポイントを要点化してくれます。

電子シフトとは、そういう機能のあるタブレットですね。


これの元ネタは『LOST MIND ~歪んだ世界~』(アクティブ 1999年)というR-18 PCゲームです。

これも洋館とメイドを舞台としたゲームですが、各部屋の汚染度が100になると、ゲームオーバーになります。

実は、洋館は主人公の恋人の精神世界で、現実では救命器に繋がれています。主人公が入り込み、精神世界から現実に引き戻す、という話です。

汚染度って言うのは、精神汚染度を表していたのでしょう。

主人公が女性ということで、当時話題になりました(何がとは言えない)

アクティブは2005年からソフト開発がなく、中堅どころのアダルトゲームメーカーが活動中止というのは、当時業界でも、我々ユーザーにも衝撃が走りました。

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