第2話 冬至祭りの夜には
それから僕はカイトのところに行った。彼は居城内の訓練場で、ちょうど趣味である剣術の訓練の休憩中のようだった。
彼は僕の側近騎士だが、僕は特に遠出もしないし、また平日はみっちり授業が入っているので、カイトは僕の騎士としては基本的にやることがない。日頃は兄さんの用事で使われるか、後は僕の側近として幾つかの特別な補習は受けているようだが、彼はもう成人しているので、課されている授業の数は僕より少ないのだ。
そんなわけで暇人の彼は時間があると、何が楽しいのかこうやって剣を握って稽古ばかりしている肉体労働派だった。
訓練場の壁際にそのまま腰かけているカイトの側へ行くと、日頃真面目ぶって整えた彼の髪が、そのときはちょっと崩れていた。
「げえっ、そんな相談、いちばん俺に持って来ちゃいけない相談じゃないですか」
冬至祭りにデートしたいので、どうすればいいか僕がたずねると、カイトはタオルで汗を拭きながら慌てていた。
冬至祭りに異性とデートするのは、この国の夫婦や独身者にとってある程度浸透している慣例行事なのだが、当然ながら全員が全員その夜を楽しめるわけではないのだ。世の中には、異性に縁がない人間もいる。そしてカイトは毎年確実に相手がみつからない、とても可哀想な部類の男だった。
だからそうしたカイトの言い分は、僕も心底その通りだと思っていたのだが、でも僕の人間関係は思っていた以上に狭かったのだ。
「カイトは女の子の友だちはいないのか?」
僕は自分のことはちょっとだけ棚に上げて、カイトに聞いた。
「いや、まあ友だちっつうか、知り合い程度なら少しは……、でも、アレックス様のデートの相手が務まるようないいとこの娘は皆無だなあ。
しかし、最近じゃ十七歳までにデートしないと、人間失格なんてことになるんですか?
俺が十七のときは、少なくともそんな過酷な期限つきルールはなかったように思うんですが」
「いや、これは確かだよ。だって、タティは十七歳になったら結婚していたって普通だって言うんだ。でも結婚するためにはデートするものだろう。
他所では十七歳で結婚している人がいるってことは、十七歳でデートしたことがないっていうのは、かなりの劣等生ということになる。つまり人間失格だってことだ」
「なるほど」
「でも兄さんの話では、抱きたいと思う女じゃないとデートに誘ったら失礼だっていうことだった。だけどカイト、僕、そういうふうに女の人をみたことがないんだよ」
するとカイトは笑いながら、隣に座る僕のことを見た。
「またまた。そんなこと言って、冗談ばっかり。エロいこと妄想しまくってるくせに」
「ほっ、本当だよ!」
僕は声を大きくした。
「本当なんだっ! 考えたことないよっ!」
カイトは理解したように頷いた。
「そうですか。んじゃ、そういうことにしておきますよ」
「本当だってばっ! 君は僕のことを何も分かってない。僕は君とは違うんだ……」
「はい。それで、アレックス様はいったいどうなさりたいんです? 俺に相談したところで、デート相手が確保できるなんて思ってやしないんでしょ?」
「思ってないよ。ただ、カイトは何して過ごすのかなって参考にしようと思ってさ。
カイトはデートしたことあるの?」
「ないですよ」
カイトは澄まして答えた。
「一度も?」
「ま、まあ、そうです。身体ならいつでも空いているんですが」
「これまで一度もデートしたことないなんて、それってよっぽどもてないんだね。可哀想な奴」
「うっ、い、いや…、きっと俺を好きになる女は、シャイな女ばかりなんでしょう」
「あっ、それっていいね。僕もそうしよう。僕もそうなんだ。
じゃあ冬至祭りの日はどうやって過ごすの?」
「んー、まあ、適当に食事して打ち上げ花火でも見て、帰って風呂を浴びて寝ます」
「ほんとかな?」
疑惑の視線を向けると、カイトは咳払いをして答えた。
「リクエストとあらばお答えします。冬至祭りの会場でいい女の姿を見て、その下着姿なんかを想像するんですよ」
「虚しすぎるよ!」
僕はもてない男の悲惨な現実を、聞いていられずに悲鳴を上げた。
「だいたい、冬至祭りは普通のパーティーじゃない。男女がペアになっているのが前提みたいな冬至祭りの会場に、パートナーもなしで、一人で行くのか!?」
カイトは何ということもないというように、それを認めた。
「その場で女を調達できる自信もないのに!?」
「ん、でもほら閣下のパーティーは、いるだけでいいもの食べられますし……、女がいないからって出席を遠慮することもないでしょう。人目なんか気にしてもしょうがない」
「君は根本的に図太すぎるんだ」
「潔いと言ってください。それに何だかんだ言って毎年レベルの高い女が集まりますから。普段お目にかかれないような、いい女が。
だから見ているだけでも楽しめますよ。ま、ほぼ閣下目当てでしょうから、あんまりおこぼれは発生しないそうですが」
「そして君は一人で食事して、一人で下着姿を延々想像し続けるわけか」
「ええ」
「そうやって勝手に下着姿を想像してたら、どうなるんだ……?」
僕は恐る恐る聞いた。
「想像力が豊かになります」
カイトは答えた。
「それから?」
「透視能力が身につきます」
「えっ、ほんと?」
僕はちょっと期待してカイトの顔を見た。
カイトは悪びれるでもなく朗らかに微笑んだ。
「嘘です」
僕は心からがっかりして、文句を言った。
「カイト、子供騙しは要らない。僕は真実が知りたいんだ。この世界の真実だけが。
見ず知らずの女の下着姿を想像するだけで満足しているなんて、さすがに惨めすぎるよ。いいかいカイト、男とは、ときには冒険するってことが必要なんだ」
「分かります。じゃあ、今年の冬至祭りの夜は……、ひとつ、一緒に冒険といきますか」
僕は頷いた。
「いいよ。どうするんだ?」
「想像するのではなく」
「うん」
「偶然を装ってしゃがんだりして、うっかり下着を見ることを目指す」
「……僕、そんなしみったれた冒険なんて嫌だよ。
前から思ってはいたけど、君はいったい何なんだ。どういう変態なんだよ。でも僕は兄さんみたいにゴージャスで格好よくするんだ」
「いや、アレックス様。貴方はどっちかっつうと、こちら側の人間ですよ。育ちと顔がいいことで与えられていた未分化の猶予期間は終わり、貴方のメンタリティはいまや確実にこちら側。俺には分かります」
「こちら側って……?」
「もてない側」
「やだっ」
「またまたそんなこと言わずに。我々は仲間じゃないですか。妄想の何がいけないんです? 妄想だって悪くないもんですよ。夢を見るのと似たようなもんだし、十分楽しいですし。素直になりましょう。ねっ」