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夢見る年頃  作者: 吉野華
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第1話 お年頃アレックス

女の子とデートしたことがないというのは、別に恥ずかしいことでも何でもないと思っているのだ。

でも、世間では十七歳の男子が、そういうことはちょっと考えられないことのようだ。

何故そう思うかと言うと、兄さんが女の人をとっかえひっかえしているからじゃない。あれは特殊と言うか、単なる歩く不誠実だと思うのだが、ちょっと気取ったふうな絵画の教師が、木枯らしのある午後にやけ顔で僕にこう言ったのだった。


「冬至祭りに、ダンスに誘う女の子をもう決められましたか?」

「えっ?」

「アレックス様も、確かじき十七歳におなりでしょう。冬至の頃には、貴方様も確かもう十七歳ではありませんでしたか。だからほら、そろそろ初恋なんて、なさったりしていらっしゃるんじゃないですか?」


後から思えば、彼はその頃私生活で婚約が決まって、浮かれていたのだ。

しかし僕は、その話を少しだけ真に受けた。何故なら僕は頭がいいので同い年の奴らなんてまるっきり馬鹿に思えると言うか、水準が低いと言うか、まあどっちかと言うと友だちなんていないほうだ。これは決して強がりじゃないのだが、僕は友だちがいなくても生きられるタイプなので、そういう邪魔臭い感じの人間関係がなく、だから十七歳になったら女の子とデートするのが普通だなんて価値観を、持っていなかったので戸惑った。

そこで僕は、その話を確かめるために乳姉妹のタティにそれとなく聞いた。


「十七歳になったら、デートどころか、結婚だって普通ですよ……」


するとタティは困惑した顔で言った。

黒い巻き毛を後ろに束ねていて、分厚い眼鏡をしていて、生まれてこのかたお洒落をしたことがない、お世辞にも恋愛問題に詳しそうじゃないタティが、さも当然のようにそんなことを言ったので僕は驚いた。


「結婚!?」

「ええ。女の子は特にそう……、ですから先生がおっしゃったのは、きっとこういうことですよ。めあての女性がいるのなら、早いうちにちゃんと掴まえておかないと、気がついたらお嫁さんに行っちゃってることだって、あるんじゃないかっていうお話だったんだと思います……」


果たしてそんな話だったかどうか、僕には分からなかったが、タティは深刻そうだったので、十七歳になったらデートをするというのは、これはどうやら結構深刻な話らしかった。


「そう、でも、めあての女の子って言われても、僕、女の子の知り合いが誰もいないんだけど……」


僕は困って言った。

するとタティは何だかじっと僕の顔を見ていた。たぶんよっぽど暇なのか、眼鏡の調子が悪いのだろう。


「デートしたことないなんて、やっぱり格好悪いものかな?」

「そんなこと、ないと思いますけど……。

あっ、ででも、一度くらい、してみても、いいのかも……」

「タティはデートしたいと思う?」

「えっ? ええっ、あの……、わたし、はい、そう、そうなんですっ。

前からあの……、すごく、そういうのに憧れてて……。

アレックス様、わたし、こんなふうですけどやっぱり十七歳ってちょっと特別って言うか、もし……、一年の終わりに大好きな人と特別な夜を過ごせたら……、そうできたらどんなに素敵かしらって、小さい頃から……」

「ふうん、そう。まあ僕は、そんなのに流されるなんて馬鹿げてるって思うけど、そんなことで僕が誰かに笑い者にされるのは嫌だな。じゃあジェシカでも誘うかな……」

「……」






ジェシカをデートに誘うために、僕は彼女がいると思われる時間帯を狙って兄さんの執務室に行った。その前の廊下で、赤い薔薇の花束を持って廊下をうろついている男がいたのだが、僕は気にせず兄さんの執務室に入った。


「まあ、私をデートにお誘いくださるんですか?」


ジェシカが結構嬉しそうな顔をしてくれたので、僕は安心していた。まあ彼女なら僕のお願いは断らないと分かっているので、誘いやすかっただけなのだが。

しかし鬱陶しいことに、すぐそこの執務机にふんぞり返っていた兄さんが、気に入らないという顔で横槍を入れた。


「アレックス。ジェシカはデート相手としては上出来な選択だが、根本的なところを間違えている。おまえ、ジェシカを抱きたいのか?」

「えっ……」


いきなりなんてことを言うのだと、僕は恥ずかしくなって目を泳がせた。


「伯爵様、なんということを仰せになるのです。

アレックス様が、驚いていらっしゃるではありませんか……」


ジェシカもびっくりして、戸惑って兄さんを振り返った。

しかし兄さんは動じない様子で僕を見ていた。こういうときは、彼は僕に明確な返答を求めているのだ。

それで僕は仕方なく、首を傾げた。怒られそうな気配がしたときは、弱々しい態度に出たほうが何かと有効なのだ。勝負を挑むと絶対相手を負かしてやろうとするタイプの人間である兄さんに喧嘩を売るのは、多くの場合賢明な判断とは言えない。プライドが服を着て歩いているようなこういうタイプには、勝たせてやるのが真に頭のいい人間というものなのだ。


「分からないよ、僕、そういうこと考えていなかった……。

デートって、ええと、食事して、ダンスとかするだけじゃ駄目なんですか?」


すると兄さんは厳しい顔を崩し、不意に笑った。


「馬鹿。ふふふ、まったくこの子供のなんと純粋無垢なことか。そうだなジェシカ」

「ええ、本当に」

「アレックス。それが駄目ということではないよ。それも立派なデートだとも。

だが私が言いたいのは、恋愛相手としてジェシカを見ていないなら、そんな誘いは彼女に対して失礼だということだよ。

だいたい、そんな気持ちでデートなぞしても、ジェシカにもてなされるのがおちだろう。男がそんなことでどうする。

アレックス、純情なおまえがデートを思いついたこと自体は素晴らしいよ。大進歩だね。だが手近で手を打つようなことばかり考えず、男とはときには少し違った冒険をしてみることも、必要なものだよ。考えてみなさい」


そして僕は、結局注意されただけで部屋から追い払われた。何だかよく分からないが、ジェシカをデートに誘った件は無効になったようだった。


「つまり僕は、あしらわれたのか?」


僕は頭の中が子供じみている兄さんを、確か大人の余裕であしらったつもりだったのだが、何故か僕があしらわれた気がしてまた首を傾げた。

部屋の外の廊下では、先刻の男と、別の男が掴みあいをしているのが見えた。薔薇の花びらが廊下に舞っている。彼らはそれぞれが持参した薔薇の花束で、互いの顔面を派手に殴り合っているのだ。


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