嘘が好き、危ない物が好き
ちょっと人間描写が浅いかもしれません。
次回があれば頑張ります。
生物としていやしないのだがアリ地獄の縁を好んで渡るような蟻みたいに。
蜘蛛の巣めがけて宙を切って糸と糸の隙間を抜けようとするアクロバット飛行の羽虫のように。
昔から危険な状況が好きだった。
心がひゅんとなる。一瞬寂しくなった心が危険な物に触れると満たされるのを感じる。あるいはマゾなのかもしれない。天座 史郎はそう感じていた。
自分がしていない悪戯の犯人役を買って出た時、大きな不満と共に心地よい快感が訪れる。だから罪を被るのはやめられない。そんなこんなで会社での評判は悪かった。なにせ失敗が起きると原因はほぼ彼だった。自分がやったと嘘をつき罪を被るという悪癖が、悪目立ちしていたのだ。
「またお前か」歴代の教師や上司、そして親までもが、道端でひき殺されたカエルを見るような目で見る。その時受けるいびつな恐怖感が心を満たしわずかな安堵を得る。酷く辛いカレーやらぁめんを食べる時の快感と似たような物を求めていた。
「何か失敗があるといつもあいつだな」
「頭が悪いんじゃないだろうか」
「やる気がないんだろうな。きっと」
不幸が快楽の種になるので努力をすることができなくなっていた。破滅を呼び込む状況を自ら招く、他人が見れば不可解としか思えない人生を嬉々として生きている。賽の河原で石を積んでは鬼に崩される。その時子供が笑顔に満たされていたら地獄の鬼はどう思うだろうか。
神はこの不可解な男に対して、彼が喜ぶような燃料を与え続けているとしか思えなかった。とにかく上手く行きそうなことでも自らの手で方向を捻じ曲げて、スラム街の横に人生行路の車を停める。そしてそこいらを無防備のまま歩く。傷つけられることを自ら求めながら。背中に石を受けて苦痛と共に彼の顔がほころんだ。痛みを感じた笑顔がそこにあった。天国行きを喜ぶ打ち首のような不気味さがそこにはあった。
緩慢たる自傷行為だと精神科医が見たら思うのかもしれない。史郎の心にはなにがあるのだろう。潜在意識が自分を憎んでいて、わざと不利になるように仕向けるのか。そうとしか思えない。
自分を粗末にする男が恋をした。同じ職場の同僚の女性社員だったが、彼はターゲットを変え、あえて部署で一番太目で年増の女性に思いを告げる。普段は男を見捨てていた愛の神も、このわざと仕組まれたであろう恋に敢えて乗って二人をくっつけた。男は不満そうな表情を隠して、精いっぱいの笑みを浮かべて逢瀬を重ねる。
「ねえ、私のどこを好きになったの」
不安そうな表情を化粧の下に浮かばせながら女性は問うた。
「人を好きになるのに理由なんかないさ」
歯の浮くようなセリフで天座は答える。
普通なら簡単に破綻しそうなカップルだったが、運命の神様の遊び心か相性か二人の関係は長く続いた。
「あなた、変わったわね。前の悪評が嘘みたい」
女性の顔から不安が消え、全面的な信頼を寄せた表情へと変身した。
「君のお陰で僕も変われた。これから未来を紡ぎ出そう」
きざったらしい言葉は嘘に彩られていたが、彼女は容易くこのセリフを信じる。
罪を被らない自分を作り出し、その時だけ仕事に好調なそぶりを見せ、今までの評価を覆し人間的に成長したと思わせて、彼女と結婚した。
そして今、ぐうたらで仕事のできない亭主に変身して、妻からの罵声を一身に浴びて彼なりの幸せをつかんでいる。心の傷が快に変わるとしたら、どんな育て方が原因だったのだろうか。または脳の仕様か。