「サラ、婚約破棄をしてくれないか」
婚約者のテオが迎えに来ないので久しぶりの夜会には兄に連れられてきた。立場上、参加しない選択肢は無く、いっそ黒いドレスを着ようと思ったのだが母に止められる。
「サラ、婚約破棄をしてくれないか」
顔を見るなりテオにそんな言葉を告げられたのに周りのざわめきが変化することは無く、代わりにひんやりとした空気が大して露出してもいない肌に纏わり付いた。
「君の為なんだ」
「少し、外に出ましょうか」
テオの傍にいる女性が好奇心に満ちた目を隠せずに私を見ていたが、興味が失せたのか別の人と話を始めた。
兄には人に酔ったと告げて一人で先に外に出る。少し高いヒールをカツカツと鳴らす私とは対照的にテオの足音は静かだが、気配を感じて振り返るとすぐ傍にいた。
「サラ」
「嫌よ。どうしてこんな所で」
「だって君が一人の時に言ったら絶対泣くだろう?」
「今も泣きたいんだけど」
久々に会えたのに婚約破棄を告げられて泣かない程、愛情は薄いと思われていたのだろうか。
「君は怖がりだけど、人前では令嬢の仮面を絶対に外さないだろう?だから冷静に僕の話を聞けると思ったんだ」
「その結果が夜会で婚約破棄?」
「お互いの両親が宥めても頑なに聞かないから仕方なく僕が出て来たんだ」
幸せにすると言った約束を他人に預ける様な、無責任な人ではなかったはず。
「君には幸せになって欲しい」
「随分と自分勝手ね」
「頼む」
いや、責任感があるからこそ直接会いに来たのだ。テオに触れようと手を伸ばしかけ、止める。現実として受け止める覚悟は私にはまだ、ない。
テオの表情は暗く、自然と案じる言葉が口から出る。
「苦しかったでしょう?」
「約束を破る事に比べれば、病気なんて大したことではないよ」
破棄を認めなければテオはこのまま居られるとの考えが一瞬だけ過り、振り払う。
今の私に出来るのは、テオを解放してあげる事だけだ。泣き顔は心の奥にしまい込んで精一杯の笑顔を見せる。
「わかった。何としてでも新しい人見つけるから。だから安心して」
「ああ、もう時間切れみたいだ」
東の空から、月が昇り始める。テオの足元が透けて私は慌てた。
「普通は夜明けの光でしょう?まだ宵の口よ」
「結婚前なのにその時間帯はまずいだろ」
「馬鹿」
テオは生前と同じ優しい微笑を浮かべながら、月の光に溶けていった。
応募要項を見てすこーんと下りてきた物を形にしてみました。今後多少の修正を入れるかもしれません。1000文字って難しい。