始まり
どうしてこんなことになっているのか。
それを説明するには、少しだけ時間を遡る必要がある。
「ーーやっと、クリアした」
前日、悠介は仲のいい友達らの間で密かに流行っているテレビゲーム"ガイア"をクリアし、そのエンディングを見ながらもゴロリと横になる。
「これで話を合わせることができるかな」
悠介自身は別にこのゲームにハマっていたわけではない。ただ、仲間たちと話を合わせるためだけに、プレイしてクリアしただけに過ぎない。
(さてと、このゲームをクリアしたことをあいつらにも報告するか)
悠介はスマホを弄り、ラインの友達グループにその旨の内容を投下する。と、直ぐに反応が戻ってきた。
悠介は返ってきた反応に対して、さらに新しいコメントを投下する。と、その時だ。
ゲームを繋ぐ液晶テレビがジジジと砂嵐を映したのは。
(なんだ?)
スマホを手放して、ゆっくり悠介は起き上がる。
(バグ? それとも壊れたのか? いや、そんな馬鹿な)
悠介は不快なノイズを撒き散らす液晶テレビに近付き、様子を確かめる。
素人目だからどこが壊れてるかは分からない。
(とりあえず電源を落とすか)
悠介はゲーム機の電源に手を伸ばす。が、
「っ!」
触れるか触れないかのところでバチンと指が、何かに弾かれた。
(なんだ、今のは。静電気か?)
もう一度、ゲーム機の電源に指を伸ばす。だが、やはり待っていたのは直前と同じ結果。
何やら見えない力に弾かれて、ゲームの電源を落とすことができない。
(なんなんだよ一体。どうなってるんだ)
あまりに理解できない現象を前に混乱し、しかし、混乱しつつも彼は次の行動に動いていた。
次はテレビの確認だ。
その筋の専門家でもない、一介の高校生に何かが分かるとは思えないが、そんなことは考えずに彼はテレビの直前まで近付いた。
(そういえば前に父さんが、テレビが壊れたなら叩いて直せばいいだろって言ってたな。ちょっと試してみるか)
それはブラウン管テレビの話である。だが、そのブラウン管世代でもない彼にとってのテレビというのは、薄型のことだ。
つまり父親が言っていたテレビも、薄型のことだと勘違いしているのである。
悠介は手を振り上げ、軽く触れるように薄型の液晶を叩く。
と、
「なっ!?」
ぐにゃりと彼の手が、薄型テレビの液晶画面の砂嵐の中に呑み込まれるように沈んだ。
「ちょ、なにこれ」
片腕が液晶の中に沈み、そこから引き抜こうと足掻いてる内に気付いたらもう片方の腕までテレビの中に取り込まれていた。
「本当にどうなってるんだよ! 誰か! 父さん! 母さん! 誰でもいいから来てくれ!」
この部屋の外にいるはずの身内へと、助けを求める。が、誰も来ない。
「くっ、この、くそ」
力を入れる度に、徐々に手がテレビの中に飲み込まれていく。
相変わらずジジジという砂嵐のノイズがうるさい。
「や、べえ、マジでこれは……」
ついに肩まで呑み込まれ、それから全身。
「ほん、とに、誰かーー」
何度も助けを求める声を上げるが、やはり誰も気が付くことはなく、そして彼の姿はテレビの中に呑まれて、消えた。
彼のいなくなった後、砂嵐は止み、テレビの液晶は暗転する。
そうして静寂に包まれた部屋の中で、ヴヴヴというラインの通知の音だけが虚しく響き渡った。
◆
"聖ルキア皇国"は、世界唯一の勇者を輩出することのできる、神秘の国である。
「準備は良いですか」
「はい」
その国の一角。
青天の下の広大な野原にある荘厳な祭壇。
それを取り囲うように目深く白いフードを被った怪しげなコートの集団がいる。
「……巫女様。それでは神威の召喚をお願いします」
「分かっております」
その集団の中から一人。
ゆっくりと足を進める少女がいる。
「参ります」
祭壇の頂に続く階段へと一歩、少女は足をかける。
ちりんと鈴の音が鳴る。
その音の発生源は、少女の手にある錫杖の先に結ばれた無数の鈴からだ。
歩く度にチリンチリンと、儚い音が辺りに広がる。
そうして鈴の音を鳴らしながらも彼女は、祭壇の頂まで至り、その中心に描かれた陣の手前まで歩み寄り、そこで立ち止まる。
と、彼女はゆっくりとフードを脱ぎ、青天の元にその素顔が顕になる。
雪のように白い髪に、青天をそのまま宿したような美しい蒼い瞳。見る者全てを魅了するかの如き美しい容姿ではあるものの、その背は子供のように小さく、胸にも脂肪がほとんどない。
そんな少女だ。
「皆さん、これより神威の召喚を致します。何かがあれば直ぐに対処をお願いします」
錫杖の先を天に向けながら言い、それに周りの者達は全員首肯だけで答える。
「東天の魂、西天の命、南天の聖痕、北天の威吹、神天の霊力」
ふわりと青い風が少女の足元より生まれ、そのまま渦を巻くように彼女の痩身を優しく包み込む。
「八の夜を超え、七つの風が繋ぎ、一なる海へと無限に回帰する」
青い風に錫杖の先の鈴が揺れて、またその鈴の音が広がる。
「それこそが世界の形。不変の真理。御身の在り様である」
滔々と言葉を紡いでいると、陣の中心に僅かな輝きが表れる。
来た、と少女は思う。
だが、まだ詠唱は途中。油断は禁物だと直ぐに気を引き締める。
「故に我は御身に懇願す」
徐々に光が大きくなっていく。
「その神威を以て、御身の現し世たるこの地に一筋の光明を齎したまへ」
そして、少女は最後に一言、ぼそりと呟いた。
「神威召喚、発動」
と。