宿命 第二話
「なあ……水谷殿が死んだぞ。」
“お前の起こすべき行動はわかっているな……今にも行かねば遅くなる”
“……何をせよと”
“いまさら答えるでもないだろう”
二人は雨が容赦なく当たる土の上に立ち、石堂は鋭い目で、多田は石堂の顔を見てはいるものの決して焦点を合わせない。
“……とにかく、水谷の死を無駄にするな”
これより先、必要な食料なども整えたうえで石堂らは秋田へ出立。山の道なき場所を辿り、為信の兵らの追っ手をかいくぐり、なんどか津軽の地を脱したという。
……石堂の親族はいまだ津軽の地にいたが、自分たちはこの件と無関係だと必死に主張。津軽家中では“石堂の家も潰してしまえ”との声も上がったが、それよりも多くの家来衆が“これ以上もめ事を起こすな”と押しとどめた。賊を入れて浪岡を落としたことは周知の事実だし、大釈迦館を焼いた非道もある。さらに何かやれば、民心にどのような影響を及ぼすか計り知れない……。ちょうど石堂の親族もこの辺りを察したようで、あろうことか“石堂”の苗字を捨てることで決着を見ようとした。……このような経緯があり、彼らは“石動”と苗字を改めた。読み自体は同じであるが、漢字が一つ違う。現在の感覚から言えばそれで本当に許されるのかと思うのだが、なんだかんだで認められたらしい。そして今日でも藤崎町常盤村(青森市浪岡町、女鹿沢にある石堂氏拠点であった増館のすぐ南方)にて命脈を保っている。ちなみに当地に“石堂”は一切存在しない。