あろうことか 第四話
一晩明け、旧暦七月五日朝。森岡信元ら率いる津軽軍は包囲する大釈迦館に対し最後通牒を行った。夜通し文が行きかう中で、大釈迦が助かる折衝点はあった。賊など知らぬと館主の奥寺はひたすら突っぱねていたが、ならばといったん門をあけ放ち、逃げ込んだ者をこちらで調べるがよいかと森岡は提案をした。だが奥寺は拒絶する。“為信の兵らは疑わし限り、私は大釈迦館にいる者全てを信じている”
“籠る民草ともども滅ぼす気概があるのなら、堂々と攻め込んで来ればよろし。悪行は何代も先まで語り継がれることだろう“
森岡や、付き従っている板垣にしても気持ちのいいものではない。かといってこれ以上の時間は待てない。油川からの援軍が現れぬうちに片づけなければならぬ。
……大釈迦という拠点が使い物にならぬようになっても構わぬと、内々に沼田祐光より話を受けている。それも油川が二度とこちら側に関わることができぬように。……これが他国者のやり方よ。好きではない。かつての大浦家はすでになく、いまや他国者の操る津軽家だ。
“さあ油川へ、山を越えた先へ。黒き狼煙を見せようではないか”
辰巳の刻(午前九時ほど)、津軽軍は大釈迦館に向けて一斉に火矢を放った。民百姓ともども焼き殺すなど津軽の地において前例がなく、その悪行はさらに誇張され、現在において“浪岡御所を焼いた”として伝わっている。ただし近年の発掘調査によれば御所が焼かれたとは認められなかった。今作においては以上のような顛末だろうかと想像して書きはしたが、実際のところ不明である。
ただし山を越えた向こう……油川から見れば、大釈迦と浪岡は同じような場所である。