見捨つる 第三話
誰かが斬り殺されれば、それでよかった。
不埒者に扮する為信の兵ら三百。彼らを率いるのは為信家臣の小笠原信浄である。元は他国者であったので、ヤマノシタら他国者も混ざる野郎どもと息が合った。互いに知っている仲であるし、かつての万次党以来である。
普段は口を開かぬ性質であったが、兵を率いるのは随一である。当時の津軽家の二柱といえばこの小笠原と乳井建清である。後になって兼平綱則と森岡信元が上がってきて乳井が亡くなり、三家老と呼ばれることになるのは別の話。
小笠原は恐ろしくも太く低い声でどなった。
「御所の外で仲間が切り殺されたと聞いた。お前らは約束と違えたので、これより誅殺する。」
補佐武時ら御所の兵すべてにこの声が届いた。広い館ではあったが、小笠原の声はしっかりと鮮明に聞こえたことだろう。もしや御所号を殺すのではないかと誰もが思ったが……斬られるのは自分らの方だった。
突然豹変した者らに殺られる。もちろんあの滝本重行の訓練も積んだ御所の兵であるし、元からも屈強な者らが揃っている。戦おうとすれば戦えるはずだ。しかし戦ってしまうと、こんどは御所号である北畠顕村の命が危ぶまれる。その迷いの中、戦わなくてはならない。……この混乱であるので、源常館北畠顕忠の決断はいまだ御所の兵らに伝わっていない。
抵抗すれば御所号が斬られ、抵抗しなければ己が斬られる。
さらには予想外に多そうな“兵数”。そう、これは不埒者もしくは賊徒の集まりでない。気付いた時にはもう遅い。