線香を挿すか置くか 第五話
旧暦七月二日、朝。水谷と顕忠が話し合いを持った翌日。水谷は浪岡北畠の主要な者を連れて油川へと発った。奥瀬氏など外ヶ浜衆の動員を願うためである。
少し空を見上げると、黒くて厚い雲が西側より漂ってくる。……これは一雨降るかもしれぬ。そうであったので水谷の一行は少し足早に羽州街道を北へ急いだ。
小一時間すると、浪岡の空はどす黒い雲で覆われた。いざ雨が降るかと町の者らは家へ帰るが、降りそうで降ってこない。誰もが首をかしげる。そして辺りは昼間であるのにまるで夜のような暗さだった。たまに日差しが差すこともあるのだが、すぐに遮られてしまう。
……御所の北畠顕村。彼だけは天気よりも時間ばかり気にしていた。太陽の傾きが全く分からないのは残念だが、はやる気持ちを抑えつつ時が経つのを待っていた。
……そのうち未の刻(午後二時ぐらい)になっただろうか。チャンスとばかりに近習らを連れて御所内にある地下牢へ向かう。何事かと戸惑う家臣らは顕村に問うと、彼はこう答えた。
「御一新だ。浪岡に住まう民に悪き者はおらぬ。」
商家長谷川の者らや捕まった野郎どもを解き放つという。……そう、水谷ら主要な者がいなくなったタイミングを狙っていたのだ。これだけ離れてしまえば、すぐには戻ってこれぬ。もちろんほかの者らはなんとか静止しようとしたが、顕村は自らの立場を傘に来て、逆らえば処罰するぞと言わんばかりに、無理やり強行してしまった。
ある者は急いで近くの源常館に住まう顕忠の元へ走ったが、顕忠が駆け付けた時にはすでに遅い。