線香を挿すか置くか 第四話
旧暦七月一日(現代の暦で八月中旬)。両管領のうち一人の水谷利実、亡き長老の息子の北畠顕忠。彼ら二人は御所内で話し合いを持った。まだ日の盛りになる前の頃合いで、風も少し吹いていたので涼しい感じがしたことだろう。
……結論はすでに決まっており、あとはその進め方だけだった。ひとまずは水谷が浪岡北畠の主要な者を連れて油川を訪問。そのうえで奥瀬氏ら外ヶ浜の兵の動員を頼み、浪岡での駐留および潜んでいる為信方の協力者の一掃を願う。
即ち浪岡の民が心底嫌っている滝本重行の再登場を意味する。だが好き勝手いえる状況ではない。今ほど敵方に付け入れられそうな機会はなく、戸惑いを隠せない家中を安定させるためにはこれしかない。
顕忠は水谷に言った。
「念のため私は浪岡に残る。」
「源常館殿、そうしてくださるとありがたい。」
二人は至極、笑顔である。やっとのことで浪岡は落ち着くのか、それは少し経ってみないとわからない。だがせめて二人は同じ先を向いている。その事実は、少しばかりではあったが、家中に安心感をもたらしていたようだ。
「私の名代として息子の顕氏を連れていってくれ。油川の様子を見せることは、いい勉強になろう。」
「ええ、もちろんです。」
まさかこの時、一生の別れになることなど思いもよらぬ。水谷も、顕忠も。