線香を挿すか置くか 第一話
長老の北畠顕範は死んだ。それも誰も叫びを聞かなかったせいで、息が完全に絶えてしまった後に気づく。
犯人は恐らく源常館の使用人である。事件の後、その人物のみ消え去っている。賄いを調理するのがたいそううまく、いつしか屋敷の者らすべての腹を担っていた。だが彼と深く親しむものはおらず、何が好きなのか、家族はどうであるとか、まったくわからなかった。……もとより下人にそこまで興味を持つ者などいないのだが。
では、誰の指図で顕範は殺されたのか。ここ数日の間、顕範は賭け場を摘発し、そのことによって乱れていた御所の顕村を正そうとした。だがいざ賭け場を暴いてみたところ、隠れていた野郎ども、不埒者。為信に付くべきと主張してきた者らの屋敷へ逃げてゆく。
ならば摘発を指揮した顕範が狙われたのか。もちろん顕範を殺したところで、他の者が判断しなければ捕まった者らが解放されるわけではない。だが逃げる過程で殺された者もおり、仇を討つという意味で十分ありえた。
だが一方で、顕範を恨む人物は彼らだけではない。南部方からも顕範は嫌われており、浪岡の独立独歩を唱える彼は邪魔な存在でしかなかった。つい最近追い出された南部代官の滝本重行など大いにありえる。さらには独立独歩を危ぶむ浪岡北畠の家中という可能性もある。
つまるところ、誰が事を起こしたのかわからない。
誰もが疑心暗鬼に陥り、お前は味方かあいつは敵か、皆目見当がつかず。