滅亡への始まり 第二話
旧暦六月二十日。今の暦に直すと、八月の初めくらいのこと。暑苦しい青天の日だったという。四日町の商家長谷川の暖簾前に、北畠顕範自らが率いる兵らが集まった。五十人ぐらいだろうか、鎧をつけているわけではないが十分に物々しい雰囲気である。道行く人は野次馬を作り、今から何が起こるのかと遠目より見つめる。何も予告なく突然のことだったので、商家の者の誰もが慌てふためく。……長谷川三郎兵衛は何事かと思い、兵らの前へ厳かに進み出た。戸惑いの表情を浮かべながら、目の前にいる顕範へと畏まって申すのである。
「長老様……これはいかなることで。」
顕範の顔に笑みはなく、ただただ厳しい眼光で睨みつけるのみ。すると隣に侍る格の高そうな兵が、持っていた紙を広げて三郎兵衛に対して読み上げた。それも大声で。
”長谷川三郎兵衛、汝は浪岡衆を誑かし、私利を貪ることはなはだ惨し。これより汝を捕え、家屋敷すべて露わにする”
三郎兵衛は目を見開きたいそう驚き、顕範に対し事を申そうとした。だが一言も許されず、すぐさま縄で両手を締め付けられてしまう。身体はまったく自由が利かない。近くには槍を持った屈強そうな兵が、一応槍の先は綿の入った袋で覆われているようだが、暴れようとでもすれば激しく痛めつけられるだろう。
顕範は残りの兵に命じて、商家長谷川の屋敷の中へと押し入りさせた。中の者は逃げるどころか何もすることができず、兵らがどんどん中へ進みゆくのを見ることしかできなかった。各々だまって縄にかかり、汗かく中どこかへ連れられていくのである。