ヤマノシタ 第五話
“壱”
すべての者の目は、その白い茶碗、その中の賽子へと注がれる。……ヤマノシタは、静かに暗き中へ光を入れた。……顕村にとっては永い刻のように、実際は一瞬でしかないのだが、まるで一生の出来事のように。
ヤマノシタは、茶碗を天井に向かって突き上げ、大声で叫んだ。
“壱だ、大当たり”
野郎どもは床という床、己のひざ等を強くたたき、顕村の運の強さを称えた。だがここで蒔苗が水を差す。
「しかし、何も賭けてないではないか。」
そらそうだと、これもまた大きく騒ぎ立てる。
「では、どうですかな。手持ちの銭でも。」
ヤマノシタは勧めた。顕村は隣の吉町を見る。吉町は顔をひきつらせながらも、“いいのでは”と賛同した。そうして懐にあった銭の束。紐という縄によく似たヒモで繋がれている。これを出してみる。……すでに最初にあった戸惑いのようなものはなくなりつつある。
ヤマノシタは同じように茶碗に入れ、数を問う。顕村は“弐”と答えた。すると、これもまた“弐”であった。“参”と答えれば”参“と、”四“と答えれば”四“と出るものだから、顕村は調子をよくする。周りの野郎どもも威勢よくはやし立てる。銭も、そのたびに倍々に増えていく。……実のところこれまで銭自体に興味はなかったのだが、これはこれで快感なのだなと初めて知る。最後には”大運を持つ男“として機嫌よく帰ったのである。本来の目的を忘れて。
所詮は温室育ちの若者でだった。賭け事は勝ったり負けたりするのが常であって、すべてにおいて勝ち続けることはまずない。その点に気付かないのは、おめでたいとしかいいようがない。