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ヤマノシタ 第三話
顕村の頭の中は真っ白だ。本名を名乗るわけにはいかない。だからといって、何かを考えてきたわけではない。ついさっきまで酔っていた身の上、義務感とささやかな期待だけでこの場へやってきた。次に襲ったのは恐怖と後悔。ああ、体が小刻みに震えてきた。……ほかの者は気付いていないだろうか。あまり長引かせても……名前ごときで悩むなど、もってのほかだ。
ひねり出したのは、この名前だった。
「私は、霊山王だ。」
すべての野郎どもの動きは止まった。全員が、顕村を凝視する。……すると、一人の細身の者が顕村に尋ねた。
「もしかして……あの有名な、大盗賊の。」
顕村は勢いで続けた。
「そうだ。その霊山王だ。」
顕村にとってはそのような名の盗賊など知らないし、逆にその名の者がいたことに内心驚いている。……細身の者は吉町に 向きを変えた。
「ではあなたの首領様は、霊山王だったのですね。」
「蒔苗、そうだとも。嘘じゃなかったろ。どこの誰だ。お前が大物に仕えるなどできぬと申した奴は。」
周りの者は、どっと笑った。