ヤマノシタ 第一話
……入る機会をうかがう。
障子の向こうからは光が漏れる。中にいるのは十人ぐらいか。各々真剣に、裏返された茶碗を見つめている。
奥にいる恰幅のいいごろつきはその茶碗を揺り動かす。賽子が中でコロコロと音を立てる。ごろつきが勢いよく“蓋”を開けると、周りの者はそれぞれの表情を浮かべる。笑う者、泣く者、叫ぶ者。酒も入っているせいか、感情の起伏が大きい。
負けたものから、銭をとる。勝った者には銭が与えられる。…………ここではだれもが平等である。
その光景を見た顕村の酔いは醒め、少ししか開いていない障子を急いで閉じた。隣の吉町へ戸惑いの目を向ける。吉町はというと顕村の両肩を力強くにぎり閉め、小さな声で伝えた。
「いいですか、殿下……。下々の声を聴くのは上に立つものの仕事。これが第一歩でございます。」
そのために、二人とも身なりを粗雑な麻の着物に変えていた。"つぎはぎ"がされ、傍から見れば農民ぐらいにしか見えないだろう。当然だが顕村の薄くされていた化粧なども落とした。
「顕範様や水谷様に近づくには、まず浪岡の今を知ることです。」
顕村は嫌がりつつも、しぶしぶ吉町の言葉に従う。顕村の気が伏せる大きな原因は、政治に参加できないことである。直接耳を傾けることで、何が必要なことかわかるかもしれない。“何かせねばならぬ”とはこういうことだ。