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謀の道 第五話
顕村はおぼろげな中にいる。思わずひとつ前の言葉に返した。
「顕範に言われるだと……それどころか最近は来てくれぬ。」
「忙しい方ですからな。」
吉町は自分の新しい盃に“山ノ下”を注ぐ。それを片手でぐいっと呑んだ。……これでは強すぎる。強いほうの顕村であれ、これでは悪酔いする。
「のお、吉町……。」
「なんでございましょうや。」
「……月がきれいよのう。」
吉町も外へ目を向ける。……簾が開かれてこそいるが、川や田畑などしかみえない。北側なので当然だが月も見えるはずもない。だが吉町は“そうですな”といい。顕村の空になった盃に“山ノ下”を注ぐ。
「殿下……。特に気を晴らす必要がおありですな。」
顕村は黙りこむ。目もつむり、しばらくすると……非常にゆっくりと首を下に傾けた。
「そうじゃ。私は何かせねばならぬ。」
実はここで吉町は少し戸惑うのだが、顕村にわかるはずがない。自分も落ちた身の上だなと哀しくもなる。そして顕村を誘うのだ。
「では、ある所へお連れいたします。きっと殿下にとっていい機会でしょう。」