老獪 第三話
長老の北畠顕範、御所の北畠顕村の前へわざと恭しく進み出で、この若君に裁可を願う。
顕範の目は鋭く、空気を察しろという圧が強い。ただ残念なことに、顕村には不信感しかない。つい最近、やっとで顕範の本心を聞けたと思い嬉しく感じていた。“浪岡の独立独歩”……危うい道だし、他の家来衆とも意を異にする。だがせっかくのことであったので、顕範の好きなように言わせておいた。
ところが今や逆のことをのたまわっている。浪岡は南部に従うしか道はなく、以前も以後も変わらぬとでも言っているかのような。
かといって顕村に、この場をひっくり返すほどの力もない。立場はある意味でお飾りに近い。……そこで顕範に対し無言で返す。鋭い目線はぶつかり、それは周りの家臣団をも動揺させた。
その家臣らの中の一人……多田はいっそう哀しくなっていた。だが、自らは旧来伝統的であるが浪岡を支える管領という立場。……この場をおさめなくてはならない。
多田は少しだけ前へでて座り直し、御所の顕村を憐れみの表情で見つめた。少しだけ首を横に振り、“もう抵抗はやめろ”と言わんばかりに。
顕村は多田の表情に気付く。……己は顔を引きつらせた。沸き立ってくる怒りの心、仕方ないのはわかっているのだが、睨み合い始めた以上、後には引けぬ。しかし……反南部の多田が、矛をおさめよと。……不本意だ。人生最大の屈辱だ。これでは御所の名は形無しだ。
……静かではあるがゆっくりと、何か下に痞えているものでもあるかのように、顕村は頷く。
こうして浪岡は再び南部へ従うに至る。