向かう先 第五話
「ならば南部殿が率先して、津軽の治水をやってくださるのか。」
多田はこのように話して滝本に抵抗しようとしたが、当人の顔は青ざめきっていただろう。事前の根回しにより、大勢はほぼ固まっている。
滝本はわざと不思議そうなそぶりをしながら、多田に言い返した。それも饒舌に。
「はあ、治水と申されても。元からの津軽の住民が暮らせるだけの田畑は間に合っておろうし。川の流れを変えられて困る“川の民”はどうなる。土地を整えるという名目で追い出される“アイヌの民”はどうなる。それに治水のための金はどこから。貯めるとしても二十年三十年はかかるだろう。人はどこから。……仮に人を集めたとしても、これこそ為信が不埒な者を雇う名分だろう。そうやって兵は増え、食い散らかされる。津軽の民は津軽の民でなくなる。いずれ他国者の世界になろう。それで多田殿はいいのか。」
滝本は一気にまくしたてた。多田はひるみそうになるも、なんとか次の言葉を出す。
「私は摂津源氏、御所は京都、南部氏とて甲斐の山奥ではないか……。」
“ふん”と滝本は腹で笑った。
「そうですな。元をただせば我らの祖先も他国者、しかし何百年も前の話をされても困ります。それに今の他国者は質が違う。ただただ混乱を招くだけで百害でしかない。」
滝本に賛同する者……つまり、南部につこうと考えている者らは愛想笑いをする。それは多田にとっても大勢のように感じられた。