宿命 第五話
兼平は三々目内に使者を送った。もし断っても……強引に連れてくる。そして旧暦七月十日の朝。昨晩の大雨がまるで嘘のようで、どうも空は雨粒を出し切ったらしい。
多田秀綱と玄蕃の親子は、水木の陣に姿を表した。なんでも兼平の使いが着くころには出立の準備ができていたようで、己の意志で参上したらしい。
……わざと兼平は、利顕のことを話さなかった。……気変わりするといけないからだ。
さて、為信の兵五百が水木の館を囲む中、多田親子は誰も供をつけずに道を進んだ。……一応は水堀で囲まれているが、だからこそ水木館(=水城)と名がついたのだろうが、傍から見ればとても簡素なもので、攻められたらひとたまりもないだろう。田んぼの水路から水を引いたに過ぎない。
多田はため息をつく。隣を歩く玄蕃にとって、その意味は分からない。いつしか門の前へと着き……二人の顔は当然ながら館の者も知っているので、門は重々しくも二人のために開かれた。だがそれはもちろん為信の兵を引き入れる為ではないし、二人が為信に下れと説得したとしても従うつもりはなかった……初めは。
多田秀綱とその息子の玄蕃。神妙に首を下げ、守将の水谷利顕に面会。大広間すら持つような大層な城郭ではないので、粗雑な板間の、なにも飾りつけのされていない一室へと通された。……亡き水谷殿のお人柄が目に浮かぶ。こういう環境で育ったからこそ、このような立派なお人になられた。話し出す前に秀綱は涙を流し始めしまう。自覚のないままに。
対面する利顕はわざと怖い表情を浮かべ、終始崩さぬようにと決めていた。だが……多田の予想外の様を見て動揺し……、いつしか心配そうに見つめる、人として自然で正直な表情になっていた、なってしまった。ここで多田は訴えかけたのだ。
“御父上は亡くなった。義父上はお主に為信へ従ってほしいと語った。これは遺言となってしまった……”