第五話 強がり、独りよがり
「継己、継己っ!」
さっきまでの冷淡さが嘘のように千鳥はうろたえる。震える手で脈をとろうとするが自分の冷や汗も相まって指先の感覚がわからずますますうろたえる。
「ん…………。ちど、り?」
「継己、ああ、意識が。よかった」
依然としてぐったりとしていたが、継己は薄目を開けて千鳥を見つめていた。
「術、使ったら疲れちゃった。呪い返し。……切り札、だったのにな」
千鳥は何か言いかけた。だが、きつく唇を引き結ぶと表情を消して立ち上がった。
「動けるか」
「うーん。出来れば、運んでほしい……いや、なんとか自力で帰れる、かな」
千鳥は乱暴に継己の手を取って立たせると、赤原を投げたほうに歩き出した。継己も商店や電柱に時よりもたれながらついていく。辛そうに目を細め、息を切らしているが千鳥は構わず歩く。途中で触手男が干からびて倒れていた。影が薄くなって影縫いの効果が切れたようだ。喰那を拾って男にまだ引っ付いていた服の残骸で拭う。喰那の影縫いは継己が後からつけた効果で、喰那にはもともとの能力が他にある。厄と呼ばれる負の精神力を吸い取る。妖刀、というと逆に安っぽくなるので嫌だが、そうカテゴライズされる武器だ。先祖代々そういうものとして伝わっているのだから仕方ない。
「なに、この気持ち悪いの」
継己が眉間にしわを寄せた。
「赤原の殺害対象だった、鶴見大介だ。大路家の奴に何かされたんだろう」
秘密裏に細々と活動を始めたはずだったのが、簡単に露見していた。鶴見を殺害するこの計画を知っていたのは千鳥、継己、赤原の三人だけだ。帰ってもやることは山積みらしい。
「お、おい! てめえ、何してたんだよ」
いかにも小物然として焦燥しきった赤原が叫んだ。恐怖のためか千鳥の投げ飛ばしのせいか、起き上がることもできず、地面にひっくり返っていた。
「失礼しました。危険は排除してきましたので、早くこの場から離れましょう」
「はあ!? 人を投げ飛ばしておいて何言ってんだよアマが。まずごめんなさいだろうっ」
「ごめんなさい」
儀礼的に謝りつつ、千鳥は赤原を担ぎ上げた。赤原は大声で痛みを訴える。それくらいの元気はあるらしかった。赤原にろくに返事もしないで千鳥は歩く。拠点としている市内の貸しビル二階に戻るつもりだった。
「それが大人に対する態度か? 誠意がない。契約は破棄だ、降ろせ、病院に連れて行け、早く」
「ん、契約を破棄してくれるのか。それなら話は早い。継己、喰那でこいつを刺し殺して捨ててもいいか」
「やめてよ……。女の子が簡単に殺すとか言うと萎えるから」
赤原が黙った。千鳥が触手と戦い、人並でない身体能力を持つことは赤原も見えていた。けれど、取引相手として下手に出ていた小娘が社会の辛酸をなめてきた、しかも雇用主の自分を軽んじる道理はないとどこかで考えていた。魔術だのなんだのわけのわからないことを言うおかしな若者と馬鹿にしてさえいた。
「殺すなんて何を言ってるんだ。そんなことをしたら警察がだまっちゃいないぞ」
虚栄心から反論するも、幾分声が小さくなる。この自分よりも小柄な娘が、自分を害することに躊躇がないと考えるのは赤原の精神衛生上許容できなかった。
「自分はもう殺してるのにおかしなことを言うな。あんたは」
痛いところを突かれ、やっと赤原は黙る。正直なところ、無意識に自身のことは棚に上げていたのである。