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第四話 飛べない鳥はブロイラー

継己が手を加えた付呪のナイフ、喰那(くいな)。その力は影縫い。本来ならば強力な武器であるがそもそも影がなければ使いようもない。

 千鳥は背広の両ポケットに左右それぞれの手を突っ込んだ。金属同士のぶつかる密やかな音がした後、両の手が引き抜かれる。十指には一つずつリングがはめられていた。宝石がはめられているものもあれば、指先まで金属の覆いがあるものもある。共通しているのは、蔦のような細緻な装飾がびっしりと施されていることだけ。どこか荘厳さすら感じられるこれらのリングは言うまでもなく魔法具。千鳥の本来の得物であった。あとは一方的に殴殺して終わり。もとは人、だとかそんな類のためらいは起こらなかった。千鳥が存分に力をふるえることに口元をゆがめた時、悲鳴が聞こえた。

「継己ッ!?」

 電流が走ったかの勢いで千鳥は上方を見上げた。カラスのぎゃあぎゃあとうるさい声が空から降ってくる。六,七羽のカラスにつつかれ、継己は狭い透明の足場でうずくまっていた。明らかに様子がおかしい。抵抗らしい抵抗をしていない。千鳥は近くの電柱によじ登った。今さっきまで相手をしていた触手のことも、ましてカラスを操っているだろう存在も頭にない。商店の屋根に上がり、より継己に近寄る手段だけを模索した。あと十メートル足らずを埋める方法を。その間にも激しい怒りが血管という血管に満ちる。継己を傷つける下等な生物に足元の瓦を投げ付けようかとも思ったが、すんでのところで抑える。これほど取り乱しているのだ、手元が狂ってもおかしくはない。足元から視線を横に移動させる。商店街は隙間なく軒が連なり、助走距離は十分にあった。

「千鳥を名に負うものとして、私は地にありながら、一時(いっとき)地を這うしがらみを忘れよう」

 一直線に走りながら低く、呪を唱える。その速度はみるみる加速し、継己の手前で最高速度をむかえた。そのスピードそのままに千鳥は足を踏み切った。足下の瓦がばきばきとあっけなく割れる。弾丸のごとく残影を見せながら千鳥は継己の足場に到達した。多少のずれは身を回転させ、美事、見えない地面に着地する。ついでに右手には一羽のカラスを手にしていた。周りのカラスも千鳥の乱入にたじろぐように輪を広げた。

「引け」

 千鳥はカラスの中でもひときわ体の大きな一羽に声をかけた。その大ガラスだけは脚に木製の輪をつけ、血のように紅い瞳をそなえていた。立って手にしたカラスを、胸の高さまで持ち上げる。カラスは首の部分を強くつかまれ、息も絶え絶えにくちばしを開けていた。

「小娘が。継己をこちらにわたせ」

 大ガラスがしわがれた声音で言葉を発した。見計らったタイミングからして、触手と同じ術者であろうことは明白である。さらに千鳥に右手に力が込められた。骨の折れる音がした。カラスの体から力が抜けていく。

「従う道理はない。カラスを使うとなると大路家のものか」

「さあな」

 千鳥はカラスの頭に左手も添えて腕を左右に開いた。終始千鳥は素知らぬ顔をしていたが、カラスはびくびくと痙攣しながら羽と血と肉を地上へとまき散らした。二つになった肉片をそのまま落とす。

「私は気が晴れれば何でもいい。このまま継己に狼藉を働くというのなら大路家を燃やしに行く」

 対話はここまでと言わんばかりに千鳥は倒れた継己を肩に担いで飛び降りた。遠くの空が白み始めていた。受け身も何もなく、千鳥は脚から屋根に着地する。わずかに顔をしかめたが、すぐに地面へと歩を進める。

「待て! 正気か? お飾りの儀仗ぎじょう家の分際でそんなことをしてすむとでも思っているのか。だいたい、そんなことをしては表の人間にも感づかれることに……」

 大カラスは千鳥の目の前に来てギャアギャアと騒ぎ立てる。

「知ったことか」

 千鳥はカラスを殴りつけた。カラスは地上ぎりぎりで何とか旋回し、千鳥と距離を置いて戻ってくる。

「帰るか、燃えてやきとりになるか、だ」

 大カラスは呻く。術者にまで痛みが伝わったのかもしれなかった。それに、術者は千鳥よりもずっと年上なのだろう。千鳥のような小娘にいいように言われて自尊心が傷つかないわけもない。

「儀仗の娘、今に後悔させてやる。こんな様子見程度の攻防で思い上がっておればいいさ」

 大カラスは高く高く飛び上がると、瞬きのうちに黒い数枚の羽根へと姿を変え、消えてしまった。ほかのカラスたちは散り散りに白む空を飛んでいく。ただ単に操られていた個体なのだろう。

 長く、安堵のため息が千鳥の口から洩れる。カラスが視界からいなくなるのを待って、千鳥は継己を地面に横たえた。


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