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第三話 戦乙女

 衣擦れの音が背後からした。二つに結わえた髪を揺らして千鳥は前転し、距離をとる。すぐさま体勢を立て直し向き直る。千鳥が先ほどまでいた場所にはぬめぬめとしたどどめ色の物体が張り付いていた。出どころは、仕留めたはずの男の首。傷口から触手のようにそれは伸びていた。規則的にくびれのある、細長い何か、触手としか言えないもの。触手は、意志を持つかのようにうねると、近くに倒れていた赤原へと獲物を変える。

「ぐっ」

 すんでのところで千鳥はそれを切断。間髪を入れずに赤原の襟首をつかんだ。

「な、何――ぐえっ」

 哀れ、赤原は何事かわからないままに数メートル投げ飛ばされる。受け身の心得など勿論ない。したたかに背中をタイルが敷かれた地面に打ち付けられ、一瞬呼吸が止まる。

 雇用主の安全を確保したのを見届け、千鳥は異様な相手をしかと見据えた。傷口からはますます触手が伸び、皮膚は裂け、首がだらしなくぶら下がっている。既にこと切れた男の相貌からは空虚なまなざし。

「ろくでもないものの触媒にでもなっているな」

 しかも、と千鳥は眉を寄せる。多数の触手には千鳥を警戒する意思と統率の取れた動きが見て取れた。しかし、魔術に通じている千鳥にはわかる。男を無理矢理に依り代にしたせいで、魔力の流れが滅茶苦茶に絡まっている。魔のモノの中でも下等なほうだろう。だからこそ対峙した時の嫌悪感は原始的で強烈に千鳥を支配する。

「うわあああああっ」

 今更ながら赤原が悲鳴を上げた。

「っ!」

 その声をきっかけに千鳥は動いた。動いてしまった。こちらの隙を油断なく見定めていた触手の間合いに、自ら突っ込む愚に気づいたのは一歩踏みだしてからだったが、もう遅い。千鳥は男を中心に回り込むように駆けた。まず外側から触手の数を減らしていこうと、伸びる触手をさばいていく。

(数が、減らない)

 無数に際限なく、触手は男の体から伸びていく。さながら万国旗をとりだすマジックのように。千鳥の腕は二本。目は二つ。とてもではないがついていけない。後ずさろうにも、無数の触手が逃げ道をふさぐ。回り込むことは気が付くと困難になり、後ろはシャッター。

「しまった……」

 完全に千鳥を包囲した触手が、じわじわと距離を詰めてくる。男の首が鈍い音を立てて落ちる。そして、袋のようなものが体から現れた。

「胃袋、か?」

 胃袋には液体が満たされていた。本来あるはずの食道は極端に短くなっており、そこから液体がしたたり落ちる。激しく蒸発し、地面にくぼみができた。

「そうか、これはあくまでも体内器官に準拠したものだったのか」

 触手と思っていたものたちも、よくよく見れば小腸か何かの器官だと推察できた。実際に敵意のあるものと戦うのは千鳥はこれが初めてだった。経験値は零。

 もう少し観察していれば、相手の間合いや手数を見誤らずに済んだものを。

 胃袋が千鳥に狙いを定めて膨張する。

「だが、この儀仗ぎじょう千鳥が簡単にやられるわけもないだろう?」

 膨張が限界に極まる寸前、千鳥は水平に飛んだ。駆けた、ではなく飛んだ。それほどに爆発的な脚力であった。胃液は千鳥の後方に吐き出され、わずかになびく髪を焦がす。小腸は半円形に展開していたがために、逆に懐に飛び込んできた千鳥をとらえきれない。しかし、展開していたのが全ての器官であるはずもない。大腸に十二指腸、小腸も半数以上が温存されている。千鳥はそれらを無視し、男の足元をくぐり抜ける。

「さて、私の勝ちだな」

 男の背中を眺め、千鳥は余裕の笑みを浮かべた。実戦不足、とはいうものの千鳥は実戦を想定して研鑽を続けてきた。こんなお粗末な触媒相手に引けを取らない自負を持ち合わせている。男、もとい触手たちは戯言を吐く小娘をまた捕まえようとするが、石にでも変えられたように体が動かなかった。男の足元にはナイフが突き立っていた。妖しくきらめく刃は、街灯に浮かび上がった男の影を縫い付けている。

「満月の夜のはずが、曇るとはな。せっかくの手間をかけたのに台無しだ」


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