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第二十三話 異夢/忌む

 これ見よがしに飛ぶ一羽以外にはなんら生き物の気配はしなかった。偵察、というのも違う気がする。それならばすぐにここを去るはずだ。カラスは千鳥たち三人を囲むように大きな円を空に描いている。何をしようというのか、関心を示していた赤原にももはや近づいてこない。

「脈に乱れ……。出血は微量、意識なし」

 継己は赤原の治療に集中し、敵の存在すら意識の外に置いていた。たとえ攻撃されたとしても、治療を続けるだろう。カラスはおよそ十五メートルの高さにいる。飛び道具も、跳躍に適した足場もない。駐車場と周辺のまばらな空き家ではこの前のような大立ち回りなど不可能だ。こうなれば、手詰まりだ。

「おい! 何の目的で来た! 大路の腰抜けめ、降りてこい。私に目に物見せるのだろう」

 前回はプライドの高い魔術師と戦った。同じ相手ならばあるいは、こんな挑発にものるかもしれない。だが、カラスは降りてこない。見上げると、わずかだがその足がきらめくのが見えた。使い魔として使役するための枷が光っているのだろう。

「……。枷は普通木製のものを使うはず。ああも光るとなると何か複雑な術式を使っているのか?」

 つまり、複雑な指示がなされているということだ。陽の光に目をすがめ、さらに観察する。カラスが円を描くのをやめた。頻繁に羽ばたき、不可解な軌道で右往左往する。軌道の一かけらに既視感を覚える。

「術式を作ろうというのか? こんな不安定な方法でできるわけない……!」

 いくら魔力があろうと、魔力に適した方向付けができなければ思い通りに動くことはない。魔力に強固な命令を与える方法が術式だ。もちろん物理的に書き換えられるのでは使えない。空気中に描いた軌跡で術式を作ればどうなるかわかったものではない。よくあるケースは暴発。こめた力が行き場を求めて無秩序に爆発する。

それが狙いなのか?

 無防備な継己と赤原を仕留めるなら確かにそれで十分だ。ここは危険地帯になる、早く動かなくては。

「継己っ! 下手をすれば真上から爆撃されるぞっ。今は逃げるんだ」

「頭を少し打ってる。腕から落ちたみたいだけどまだ赤原さんは動かせない。僕は簡易結界を張る。強度は保証できない、ちどりだけでも逃げて」

 札から簡易結界立ち現われ、継己と赤原を覆う。結界の薄赤い障壁は千鳥をも遮断した。継己はわざと顔を上げない。千鳥はかっかと熱くなる怒気を荒く吐き出した。

「はあ……。わかった、勝手にしろ!」

 千鳥は両足で踏み切って、結界の天辺に手をかけた。継己たちを囲う立方形の結界の上に登る。継己は訳が分からず、口を開けて見上げる。継己の視線を踏みつけて、千鳥は仁王立ちのまま動かない。

「ちどり、何やってるの? どうしてそんなこと」

「……私も私のしたいようにする」

 継己がここにいるなら、ここで継己を守るしかない。それ以外ない。空の術式が光を帯び始める。いつ発動してもおかしくない。爆発だろうが、何らかの攻撃魔法だろうがとどのつまり魔力の塊だ。千鳥がメリケンサックがわりに使うリングは魔力を帯びて力を強化する。魔力で魔力の塊を殴れば、相殺も可能だ。たとえ膨大な魔力を受けて千鳥が蒸発しようとそれで継己の生存確率が上がるのなら御の字だ。ここで一人こそこそと逃げる? だったら今すぐ首をくくるほうがマシだ。そんな幸せはいらない。

「……、…してる」

 このさき一生言わないだろう台詞を口の中で言ってみる。稲妻のような光が千鳥たちめがけて降ってくる。爆発ではないが、全く何の魔法かわからない。ただリングをはめた手に力をこめ、それを防ぐべく腕を天に挙げる。

 ――まあ無理か。

全てが光に包まれ、体が溶けるような浮遊感に支配される。

儀仗千鳥はあらゆる望みを捨てた。

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