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第十八話 制裁

「もしかして勘違いしちゃった? 継己ちゃんが追い詰められて術が解けたとか」

 今更ながら余一も継己がかけた変装を解いた。継己の術は緻密だ。結界や、術式の隠ぺいに長けており、継己が扱える魔力も膨大だった。

 継己には才能が与えられている。この町にいる限り、閏木に祝福され続ける。

 そして、閏木は未だ彼から力をはく奪していない。

「行き先を定められた奴隷よ――――」

 銃弾が身を掠めるのをも意に介さず、継己がさえずる。

「傷つける相手を選べぬ哀れな黒鉄よ――――」

 通り過ぎた弾丸が痙攣し、不自然に方向を変える。継己が腰にさしていたものを取り出した。青地に金の月が描かれた扇がぱっと開く。肩口からそれを振り下ろす。弾丸は吸い込まれるようにそこへ飛び込んだ。

「僕が安息を与えよう」

 硝子が砕けるような涼やかな音とともに、継己を追い回していた弾丸が地面に落ちた。術が解け、無効化されたのだ。継己は詠唱の成果を確認して、ほっと一息をつく。

「甘いですわ、一発くらいっ!」

 左手を引き金にかけた。余一は何もしないでへらへらそれを見る。長元坊は銃に魔力を込め、弾丸を生成、発射する。標準くらい気にする必要はない。魔弾は逃げ惑う獲物をどこまでも追うのだから。

 容赦はしない。今度は足元に散弾を打ち込む。それでもう動けなくなる。わざと外すと油断していれば魔法の解除に漏れが出るだろう。

「閏木はまだ、僕の肩を持つんだね」

 継己は平坦に、それだけを言う。横一文字に扇を振るうと、赤いきらめきを乗せた突風が起こった。それでおしまい。継己を地に伏せさせるはずの凶弾は鳥銃のなかで暴発した。

「ぎゃあっ」

 左手を血にまみれさせて長元坊は銃を落とした。不可解な出来事に、チークでほんのり赤い頬を脂汗がつたう。

「もうその銃の術式の仕組みが継己ちゃんに筒抜けなんだよね。わかる? どういうことか」

「ありえ、ない。銃弾一つを無効化するならまだしも、魔法具本体の銃の機構にまで干渉するなんて、人間業じゃない」

 余一が鳥銃を拾う。くるくるとバトンのように弄んでから、地面に叩きつけた。金具やネジに細工でもしたのか、叩きつけられた鳥銃はバラバラに四散した。

「んー。ま、ね。でもその前提は継己ちゃんがふつーの子で、これが格式高きモノホンの鳥銃だとしての話ね」

「そう……。気づいてたのね」

「俺が強度上げたテグスで防げちゃうほどのポンコツが本物とかやだなーってだけだけど」

「それにしても一端末でしかない弾丸から本体の銃の術式が割れるわけがないわ」

 暗号化されたたった一文を見ただけで、エニグマ暗号機の仕組みを見抜くようなものだ。弾丸そのものの魔力を削って力業で破壊するならば可能であるし、長元坊も始めはそう理解していた。

「これは運もあります。僕だけの力じゃない、閏木の意志がある」

 継己が長元坊のまえに(ひざまず)く。

「もう武器はありませんよね」

 優しく傷ついた長元坊の両手をとる。静かに詠唱を始めると暖かな光が灯り、傷が癒えていく。

「馬鹿にしないでっ! ワタクシは」

 振り払い、継己を蹴り上げようとした長元坊の動きが止まる。余一が背後に回り、首を締めあげて封じたのだった。当然のようにダガーがぴったりと首元に添えられている。

「うん、俺も正直引いてるくらいだからさ。わかるよー、その気持ち」

 そこで余一は言葉を切る。ヒールを履いていても長元坊は余一よりも背が低い。身をかがめて余一が耳元へ口を寄せる。

「でもさ、死にたいのはわかるけど継己ちゃんのご厚意には甘えときなよ、ね?」

 蛇ににらまれたように長元坊は動けない。

 長元坊とは鷹の一種に因んだ名前。大路志義から与えられた順子の二つ目の名前。主を守る気高き役目を持つはずの自分の現状に、屈辱に、長元坊は震える。決してこれは恐怖ではないと言い聞かせて。


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