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第十六話 マジョッコ

 化粧がみるみる落ちていき、女性はポシェットから眼鏡を取り出して掛けた。

「あ、って嘘……」

 その顔は継己の知っているものだった。八条家の御三家の一つと名高き大路家すじの分家、野分(のわき)。激しい野分から閏木を守る役割を担う家柄。その長女にして現大路当主の側近が、目の前に立っている野分順子という女だ。年齢は三十前後、下がり眉はペンシルで書いていたようで、いよいよこれといった特徴のない風貌である。そのかわり虫も殺せないような気弱さもなくなっていた。

「お久しぶりです。継己様、余一さん。お互い楽しい再会とはいきませんけれど……」

「いや! 俺は楽しい。順子ちゃんにこーんな特技あったなんて、知らなかった。今年の宴会芸に向けて練習してたとか?」

 軽口を飛ばしつつ余一がじりじりと距離を狭める。大路の大幹部が出てきたとあっては、いつもの余裕も見た目限りに抑えておかねばならない。

 狩りに来ている。確実にこの場はやり過ごさなければならない。現時点において、閏木のつけた序列がどう作用するのか継己にもわからなかった。

「あいかわらずですね。正直なところ、戦闘には発展させたくありませんでした。私、秘書業務が主ですから。さて、よろしければお相手願います」

 順子は掛けたばかりの眼鏡をケースにしまう。ぱん、とケースが閉まる音。腕時計を外すさりげない動作。長い髪を高く結い上げて

魅力的なうなじを風にさらす。ポシェットからかわるがわる煌びやかな小瓶が取り出され、その白いかんばせを彩っていく。ただ化粧を直しているようにしか見えない。

「なにー? 順子ちゃんまた変身メイクを披露してくれるのかな?」

 順子は艶っぽく微笑むだけで何も言わない。だがそれだけで継己は背に冷たいものを感じる。純子の面の皮を被った何者かが笑ったように見えたからだ。

「あの、どうして僕らの変装がわかったんですか? 術は完璧にしたと思うんですけど」

そして、紅いルージュを引いたとき、違和感は決定的になった。

継己たちを見る目はつり上がり、いかにも勝ち気な女がそこに立っていた。

「貴方たちがしたのが変装だったからよ。外身を変えたって中身は一緒じゃない。ばればれ」

女は高らかに笑う。数秒前の順子と同じ顔を有しているとはとても信じられない。何も魔術は発動していない。それでも……。

「本当に順子さんですか? 貴女は、僕の知っている彼女じゃない。順子さんがしそうにない事ばかりしている」

 継己は比彼の距離を目算しながら、問うた。

 変身。変容。

さなぎが蝶となるように。同一でありながら、既に同質でない相手を油断なく見据える。

「ああ、そうですね。名乗り直さなくてはなりませんね」

女は、羽ばたくように優雅にジャケットを脱ぎ、邪魔なポシェットとともに捨てる。瞬きほどの間、女の姿が隠れると、その腕には長銃が抱えられていた。

「お初にお目にかかります。ワタクシ、大路に仕える端女(はしため)長元坊(ちょうげんぼう)にございますわ」

 空いた手を胸にあて、騎士のように一礼する。しかしその表情は鷹のように厳しく冷ややか。すぐに銃が構えられる。

「ひゅう。大路の鳥銃だー。これは大物キちゃったね、継己ちゃん?」

 糸目がちな眼に抜き身の刃のような光がともる。へらへらと笑いながら、余一は脚をやや広げていつでも動けるようにした。

「うん、サポートする。でも、基本は"柊"で頼むからね」

柊は、二人が取り決めた作戦コードで逃亡を示す。ほかには鳳仙花─殲滅や、水仙──余一が陽動をかける、など出掛ける前に示し合わせていた。

「わかってる、て!」

 余一が横飛びに継己を巻き込んで転がる。その耳もとを青い光の筋がかすめた。長元坊が発砲したのである。

「魔弾を射出するのに適した器──大路の鳥銃」

 余一はねばついた視線を銃に向けながら、腕を頭の後ろに振り上げた。

尾を引くような金属音。一度外れた弾が空中でUの字にカーブし、余一の後頭部を狙ったのを弾いたのだ。コートの破れた袖口から手甲が覗く。楽しそうにそれを見て、余一も名乗りをあげる。

「知ってはいると思うけど! 俺は、"元"十二雀(じゅうにから)の末席。十二のうち別格の八条当主を抜かした十一人の中でも厄介者、十余り一で余一ってね」

──以後お見知りおきを。

道化のような作り笑顔を浮かべる。そして居もしない観衆をなだめるように両の腕を広げた。その胸を狙い、長元坊は照準を合わせた。引き金を引くまで一秒とかからない。


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