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第十四話 惹句は切れない

 リズミカルなノックの音がした。事務所の出入り口、外階段への扉だ。結界も反応していないし継己が帰ってきたらしい。だが、時計を見るとまだ正午前。様子を見て、しばらく待つとまたノックがされた。ノックは一応の原始的な確認手段で、結界だけにセキュリティを依存させないための気休めだ。合言葉のような暗号くらいあったほうがいいという継己の提案である。何せ魔術の心得のあるものなら、姿かたちくらいは簡単に変えられる。そういった事情で、ノックはするとしても継己はここの鍵を持っている。

 扉を警戒しつつ、継己に電話を掛ける。着信音は、向こうから聞こえてこなかった。だからと言って「敵」であるとも断定できないのが面倒なところだ。

「おい、事務所に式を送ったか?」

『あ、ちどりー? そうだよ。もう着いたんだ、入れてあげて』

「わかった、それじゃ」

 さっさと電話を切る。お尋ね者の身なのだからこういうことをするなら、連絡が欲しい。わかっていたが警戒して損をした。

扉を開けると、継己の姿をした式が立っていた。私を見てニコリと微笑む。多分、継己自身と服装が被らないようにしたのだろうが、見覚えのない服装をしていた。紺のロングカーディガンにシャツ、大きな伊達めがね。

式を促して部屋へ入れる。それにしてもどういった事情なのだろう。偵察中の継己にあれこれ聞くのも迂闊かと考えたが、それほど切羽詰まる感じもなかった。式など用が済めば術を解いてしまえばいいのに、ここに来させる理由がわからない。

「………………」

 式は何か言いたげにポケットから白いものを取り出す。それは雀の形の折り紙で、羽根の部分は墨で模様が描いてあった。式の手のひらの上でそれは身を起こし、体の具合を確かめるため小さく羽ばたきをする。雀を模した式だった。

「これは……」

 雀と言えば儀仗家が好んで使うモチーフだ。今現在において、これを使う人物は千鳥の母しかいない。

『千鳥、久しぶり。()千代(ちよ)です』

 音声が再生され始める。落ち着いた母の声。けれど、家で聞くようなくつろいだものではない。有無を言わさないしっかりとした口調で、メッセージは続く。

『心して聞いてね。貴女は大変なことをしでかしました。これは本家、分家にはもう通達してありますが、貴女の儀仗当主継承権は剥奪されています。これは、貴女が本家並びに分家の信頼を取り戻すまでの無期限の剥奪となります』

 特に驚くような内容ではない。それどころか破門されていないことに苦笑さえ漏れる。これは紫千代が言わずとも、そのうち千鳥の耳に入っていたであろう。儀仗は、重要な役職を負うがために八条家でも別格で、踏み込んで言うならば、孤立した存在だ。さっさと千鳥を切り離して、身の潔白を示さなければならない。つまり、この伝言は儀仗家からの正式な宣戦布告となるはずだ。身内だったものの不祥事は、先頭きって始末しなければならない。

『だから、兄のアヤトをこの町に呼び戻します。また、アヤトの継承権を復活させます。もし見かけたなら、謝るくらいしなさい』

 あいつが来るのか。儀仗が投入する主戦力はアヤトらしい。最後に会ったのはアヤトが高校生で、私が中学生の頃だったか。確か今は国家公務員になっていたはず。いまだ戦えるのかすら疑問だ。術式などによる母の妨害工作のほうに気を付けたほうがいいだろう。

『……はあ、嘆かわしい事です。儀式がどこの馬の骨とも知れない賊の手で失敗するなんて。貴女は継己を守り、騒動が解決するまで家の門をくぐることを許しません。以上です。それでは、また』

「…………?」

 再生は終わり、雀はただの折り紙に戻った。

「何を言ってるんだ母さんは」

 継己の式は、とぼけた顔をして私を見る。頭の中で母の伝言をもう一度よく聞く。これは、宣戦布告じゃない……。

「私をかばうつもりか、馬鹿だな」

 部屋で一人、額を押さえる。堅物に見えて母も困ったものだ。娘を笑わせてくるとは。自分が弱くなりそうで、すぐに笑みを引っ込める。

 この一か月。儀仗から何の接触もないと思っていたが、ほうぼうに第三者犯人説を流して私をかばっていたのか。ほとんど誰も信じていないだろうが、否定もできまい。儀式が中断されたその瞬間は、おそらく継己しか見ておらず、その継己の証言が取れないのだから。屋敷にいた全員が気を失ったあの怪事は、起こりえるはずのないこと。八条とは別系統の術式を有する第三者の存在は、この混乱の中では、逆に在って欲しい犯人だ。『何だか知らないが、閏木の隙を未知の方法で突いた』ならば、閏木の力への信頼もまだ持ちこたえられる。閏木と相性の悪い術があるなら本家総出で対策を練ればいい。しかし、たかだか身内の神官の反抗も防げないのでは組織の(かなめ)として脆弱すぎる。舌先だけで攪乱を行おうというのだから、我が母ながらとんだ食わせものだ。


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