第十話 まつろわぬ虚ろ
「継己ちゃん、起きて! 交喙が来る前に結界張らないとバレる」
糸目気味の目が見開かれて、状況が切迫しているのを雄弁に物語っている。
「その心配はいらない。継己を起こすな」
やんわりと余一と継己の間に体を入れ、遮る千鳥。通話のすでに切れた携帯を余一に突き付ける。
「交喙から連絡があった。今日のところは休戦してくれるらしい。それと……」
表情はあまり変わらないはずなのに、千鳥の周りの空気が帯電しそうなほど張り詰める。ぎょっと身をすくめた余一にさらに詰めよって割れた窓のところまで押しやる。
「あっ、千鳥ちゃんなんか怒ってる? あっれーなんでだろなぁ、あはは」
余一は冷や汗を流して何もない方向を必死に見ていた。身長差を考えると、余一の挙動不審さも輪をかけてなかなか滑稽な光景になっている。やましいことがあると言わんばかりの態度にいつ落雷してもおかしくないほど乾いた沈黙がおりる。
秒針が半周しても、千鳥の視線を無視し続ける余一の根性はむしろほめてもいいくらいだった。
「大路家が今日の鶴見大介殺しについて察知していた。お前は、どう思う?」
「ふうん、そうなんだー。俺が紹介した赤原さんがついに役立つなんて! それで、上手くいったかい? ……やめて、これ以上押されると破片刺さる、落ちる」
身に覚えのない襲撃というワード。大路家への情報漏洩に、さらに余一が加われば千鳥にとって何があったかは想像に難くない。少々脅して凄んでみせると、余一は事の顛末を簡単に口にした。
「今日この事務所に来たら、三人がいなくておかしいなと思って、勝手に家探ししました。んで、鶴見大介っていう一般人の資料が出てきて、俺をハブにして寂しいなあ、俺の水上家襲撃の囮にしちゃおうかなって。魔が差しました」
「お前が私の恩人じゃなかったら死んでいるからな」
正座した成人男性に髪を二つしばりにした女の子が腕組みしてみせても、やはり深刻さが欠ける。千鳥はこの余一のふざけた雰囲気が苦手だった。どうしても相手のペースに巻き込まれてしまう。
八色が千鳥たちの脱走以前から目をつけ、味方につけていたのが十二雀の余一だった。というのも、彼は堅苦しい組織にそぐわない気性をそなえていたし、ばかげた野心も持ち合わせていた。今では元・十二雀として千鳥と協力関係にあるはずだが……。
「水上家の死蔵している価値ある武具を前にどうして俺が我慢できると。俺はトレジャーハンターとして一旗揚げたいあまり、どうにかなりそうだってのに」
十二雀を抜けた大きな理由が宝具、呪具マニアが高じてというのだから本当に信用ならない。
ガラスは余一に片付けさせたが、窓が開いているとすこぶる寒かった。馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、継己に結界を張ってもらうしかないだろう。余一にやらせたらどんな抜け道を作られるのか分かったものではない。
「千鳥ちゃんはやらないの?」
風よけに窓枠に寄りかからせた余一が不思議そうに尋ねてくる。
「何をだ。お前なんかが来たせいでこっちは仮眠もとれないんだ。静かにしてろ」
「えー。言っちゃあなんだけど、十二雀と休戦になったし、継己ちゃんのことは任せて寝てなよ」
間髪入れずに千鳥の舌打ちが響く。サムズアップで微笑む余一に明らかな敵意を見せる。
千鳥からして余一が信用できない真の理由は、継己への好意だった。家から脱走した継己の晴れ姿を見て「ときめいた」らしく、熱烈な口説き文句をおくることもしばしばだ。
「言ってるだろう、継己は女じゃない」
「知ってるよ。それで男でもない、でしょ」
目を三日月のようにして笑う余一からは真意は読み取れない。そもそもそんなものは存在しない可能性すらある。




