プロローグ
美しい樹木が目の前にあった。雪が降っている。冷たい風がこずえを揺らした。その樹木は大きなものだった。神社の御神木や街の目印になるような。いうなればどこにでもあるような平凡なもの。有ったっていいし、無ければ少し寂しい。
「何してるの?」
その根元に少年が一人いた。寝巻で髪はぼさぼさだ。声をかけたのは自分からだった。私の姿を見て、少年は呆けていた。寝ぼけていたのか、突然話しかけられても何ら驚く様子がない。
「うめてる」
たった四音を発音するだけで声が大きくなったり小さくなったり、不明瞭だった。まだ夢の中なのかもしれない。少年の手元を見るとスコップと生気のない雀。
「寒いから死んだのかな」
食い散らかされていなかったからそう聞いた。私はこの頃既に小学生半ばだったが、ひねくれていた。素直に何かにやさしくできなかった。なんだか自然と反しているようで。不自然をますます曲解して過ごしていた。
「さあー?」
少年は小さな穴に雀を横たえた。その上に土をかけている。たまたま雀の上に雪が降りかかった。それが溶けることはなくて、この雀は冷たいんだな、って思った。
「雀が好きなの?」
「いや、別に」
「それなのに埋めるの?」
少年は黙ってしまった。そのまま穴を塞いでしまい、立ち上がる。その頭がふらりと揺れた。その次には膝が折れて、少年は倒れてしまった。これには流石に面食らって、小学生らしく何かの病気だったらどうしようかと考えた。急いでその顔を覗き込む。倒れるときに大きな音もしたので頭を打ってないかとも思った。抱え起こそうとするが、重い。上体だけでも起こそうと頭を持って、地面と少年の隙間に体を入れて引きずり、樹の幹に寄りかからせた。顔色を見たが、変化などわからなかった。そっと頬に触れたとき、少年が目を開いた。
彼は嬉しそうに全ての幸福に包まれているかのように微笑んだ。視線が合わない。私を見ているわけでは無いようだった。でも、彼の瞳に反射して映り込んでいるのは私一人。無償の善意を受けたようでこそばゆいような、それでいて怖いような気持ちになる。少年はまた目を閉じた。口元をもごもごとさせ、かすかな吐息が聞こえた。眠ってしまった、ふうに見えた。途方に暮れる私を呼ぶ声が聞こえて、安心する。母の声だ。この広い屋敷ではぐれてしまって、さまよっていたらこの裏庭に出た。頼れる大人が来て、私は手を引かれて帰り、屋敷の人に少年は軽々と抱きかかえられて寝床に戻った。
私はたびたびこの出来事を思い返す。自分にとってどんな意味付けになるのか図りかねる思い出だ。あの雀は樹の栄養分となっただろうが、埋められた意味はまだ分かっていない。今ではあそこに雀が埋められたことを知るのは私只一人になってしまった。そしてもうあれを掘り返すしか、その意味を知る手段はないのかもしれない。