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佐藤浩志の普通とはほど遠い日常  作者: はるのいと
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第八章 「僕の平穏だった日々を返せっ!」

 ダイヤの原石――現在はたいした代物ではないが磨けば輝きを増し、素晴らしい宝石へと変貌を遂げる可能性がある、という喩えだ。これはそのまま人に置き換えることが出来る。

 例えば地味でモッサい眼鏡少女が、その眼鏡を外した途端に美少女へと変貌を遂げる、といったことは2次元の世界ではベタ中のベタだ。だが現実の世界ではそのようなことはまず起こりえない。

 

 眼鏡を外そうが、髪型を変えようが、メイクを変えようが、元の容姿は整形(オペ)でも行わない限り、大きくは変わらないのだ。唯一の例外でいえば写真がある。この魔法の道具を使えば光の加減や角度、あとはメイクなどによっては、容姿の宜しくない人でも美しくなる可能性も無きにしも非ずだ。


 結局のところ僕が言いたいのは見た目をあまり気にするな、ということである。ファッションにしてもメイクにしても流行ばかり追いかけていると、後でとんでもないしっぺ返しを食らうことになるのだ。その当時は最先端のメイクやファッションだとしても、数年後にはどうなっているか分らないのである。

 

 記憶だけならまだしも、画像や動画などに残っていた場合は、赤面は避けられないだろう。だから僕は流行を追うことはしない。髪型も幼稚園の頃から全くと言っていいほど変わってない。

 洋服にしても夏なら白いTシャツにリーバイスの501、冬であればセーターにダッフルコートだ。このようにファッションに全く興味のない僕に対し、愚母と愚妹は ”少しは見た目に気を配れ” と失礼千万なご意見を寄せてきた。

 

 その後は言うまでもなく喧々諤々(けんけんがくがく)と醜い言い争いが続いた。そして結局は二人に押し切られるかたちで、僕は今週末に洋服を買いに行くはめになってしまったのだ。全くもって面倒なこと山の如しである。


「――っという訳で週末は僕に付き合え」

 

「お前……話長えんだよっ! 最初のダイヤの原石のくだりとか、全然要らねえだろうがっ!」


 幹大が憤慨するのも分らないでもない。何故なら ”買い物に付き合ってくれ” この一言で済む話を、僕は10分程意味も無くダラダラと、そして長々と語っていたからだ。


 どうして、こんな何の意味も無いことをしたの?  不思議に思う方も多いだろ。まあ、理由は至極単純である。暇だったので野郎をからかっただけだ。

 素直でバカな幹大は最後まで真面目に聞いていたが、壇さんは早々に意味のない話だと見切ったようで、途中から聞く耳も持たずに無言で昼食を頬張っていた。


 一方、徹男はといえば人間椅子に腰を下ろしながら、スヤスヤと寝息を立てていた。因みにヤツは極度の低血圧らしく、3日に1回の割合で学校を休む。もしくは遅刻をする。

 しかもいつも眠たげなので、人間椅子に座ると僕の胸に顔を埋めて、すぐに寝息を立てるのだ。これがまた小動物のようで誠に可愛らしいこと山の如しなのである。


「ねえ、その買い物ツアー私も参加していい?」


「ああ、別に構わないよ」


 気のない返事で返したが、頭の中ではミニ浩志たちが真っ裸で歓喜の雄たけびをあげていた。幹大を誘うだけなら、なにも昼食の時間に話すことはないのだ。

 では何故にわざわざ4人が集まったこの状況で、このような話をしたのか? 察しの良い方ならもうお分かりの筈だろう。

 

 そうっ! これはひとえに、幹大を誘ってると見せかけて、じつは壇美鈴に餌を撒いていたのだ。そして僕の予想通り、彼女はそれに食いついた。壇さんが来るということは当然のことながら徹男も来る。ヨシッ! これで週末はかなり楽しくなりそうだ。


 それにしても自分で言うのもなんだが、僕は中々の策士っぷりだな。中国でいうところの諸葛孔明、日本ではさしずめ黒田官兵衛と、いったところだろう。うん? 黒田官兵衛といえば、悲運な武将として有名だな……げんが悪いので変えよう――


「ちょっと、妄想中のところ悪いんだけど……さっきからあの娘、浩志君のことガン見してるわよ」


 壇さんは教室の入り口を気にするように囁いた。

 入り口を背にしているため、僕の位置からは確認は出来ないが、どうやら誰かがこちらを見ているらしい。しかもガン見で……そう言えば壇さんはあの(・・)()と言った――ということは相手は女子ということだ。


 僕は俄然興味が湧き、素早く振り返った。するとそこには、中等部の制服に身を包んだ女子生徒がハニカミながら佇んでいた。活発な印象を与えるポニーテル。色白な肌に大きな瞳――制服のスカートが短めなのは、男子の視線誘導が目的だろう。

 

 かくゆう、僕もその作戦にまんまと引っかかった一人である。ともすれ、自称美少女評論家の僕から言わせれば、徹男・壇さんと張り合えるほどの魅力的な逸材であった。


「あの娘は誰?」


 僕は小声で壇さんに問いかけてみた。すると彼女は ”知らないわよ” と返してきた。まあ、そりゃそうだろう。じゃあ、あとはこいつか。


「あれって、僕じゃなくてお前を見てるんじゃないのか?」


 普通から考えれば、僕ではなくこの顔だけはイケメンなバカを見つめるはずだ。この意見を受けて誠に失礼なことに、美鈴と幹大は首を縦に振り激しく同意した。

 彼女はともかく、野郎はあとで思いっきりブン殴ってやる。僕がそう企んでいると幹大が腰を上げて、ポニーテール美少女に微笑みながら近づいていく。

 や、やめろっ!彼女のような幼気な少女に、お前のような卑猥極まりないなゲス野郎が近づいて良いわけがないんだっ!早く、逃げてっ!僕は心の中で叫んだ。

 だが幹大はそんなことはお構いなしとばかりに、お得意の天使のような笑顔でポニーテル美少女に話しかけている。

 そして数分が経過した頃、野郎は自信満々の笑顔で戻ってきた。どうやら速攻で彼女の心を落としたようだ。これまた羨ましいこと山の如しである。


「ダメ、全然ダメっ! なに話しかけても完璧なガン無視っ!」

 

「えっ? じゃあ、なんで自信満々のしたり顔で帰ってきたのよ?」


 壇さんは呆れ顔を幹大に向けた。当然、僕も彼女と同意見である。

 

「最後のプライドだよ」

 

「なにそれ、全然意味わかんないんだけど」


「ヒロ、お前なら分るよな?」


「無論だ。壇さん、キミも少しは男心、というものを理解しといたほうがいい」


 正直なところ、野郎の言っていることは全く理解は出来なかった。だが壇さんに僕のニヒルな一面を見せておきたかったので、不本意ではあったが致し方なくキメ顔で乗っといた。その後、幹大はナンパ師のプライドが傷ついたらしく、悲壮感を漂わせながら溜め息を連発していた。

 

 まあ、いい気味なので何のフォローも入れなかったのは言うまでもない。それはさておき、野郎の話ではポニーテール美少女は、やはり僕を見つめているらしい。その瞳は恋する乙女、そのものだったそうだ。

 この事実を聞いた僕は壇さんの手前クール男子を装ってはいたが、頭の中ではミニ浩志が、歓喜の雄たけびを上げながら真っ裸で走り回っていた。


「ヨシッ、そういうことなら今度は僕が行こう」


 渋めに呟くとタップリとした間を開けながら、僕はゆっくりと腰を上げた。その様子は自分で言うの何だが、まさに ”デキる男” 丸出しという感じである。因みに愛しの徹男は壇さんにお預けすることにした。


「少しまえにミルクを飲んで寝ついたばかりだから、静かにしてあげてね」


「バカなこと言ってないで早く行ってきなさい」


 壇さんの激励を胸に僕は教室の入り口へと歩みを進めた。


「キミ、何か用かな?」


 僕はそっと壁に手を当てると、優しくポニーテール美少女を見つめた。

 

 所謂(いわゆる) ”壁ドン” のドン無しバージョンというやつだ。そんなイタさ大爆発の僕に、ポニーテール美少女は羨望の眼差しを向けてくる。そして程なくして、照れくさそうに静かに口を開いた。


「地味な見た目は捨てました。もう隠れてコソコソ致しません。浩志様、だからどうか私を……私をお傍においてください」


ええと、地味な見た目? 隠れてこそこそ致しません? 浩志様?

 

 ポク、ポク、ポク、ポク……チーン。前言撤回――現実世界でも2次元のような、ベタ中のベタな奇跡が起こるようだ。もうお分かりだろう。なにを隠そう、この可愛らしいポニーテール美少女は、先日のイターい地味女だったのだ。それにしても……僕は再度、彼女を見つめた。


「眼鏡は?」


「コンタクトに変えました……おかしいですか?」

 

「いいや、悪くないよ」


 正直、ヤバいくらい可愛いっす。


「よかったあ」


「因みにその髪型は?」


「男性はポニーテルが好きな方が多いと聞いたものですから……浩志様はお嫌いでしたか?」


「いいや、どっちかといえば好きかな」


 はいっ、嘘っ! 自分、これ以上ない程のポニテ好きです。


「本当ですか?」


「うん……因みにそのスカートの丈は?」


「これくらいは普通だと、友人がいうものですから……やっぱり短すぎるでしょうか?」

 

「うーん、どうだろう。少し短すぎる気もしないでもないけど……でもキミの友人がいうんだから、大丈夫ないんじゃないのかな」


 いいや、もう2㎝短くてもいいくらいだ。っていうか短くしろっ!


「そうですよね」


「ええと、これが最終質問になるんだけども……因みにその胸はどうしたのかな?」


 僕は制服の上からでも目立つほどに、立派に発育した胸元に視線を移した。先日は余りの濃いーキャラに、その存在には気付かなかったが、彼女はかなりの巨乳女子だ。


「こ、これは……元からです」


 ポニテール巨乳美少女は顔を赤らめながら俯いた。自分、女性のこういうリアクション……正直、大好物です。


「これは決して、エロい気持ちで聞いている訳ではないんだけども……因みにサイズ的には――」


「いい加減にしなさい、このセクハラ親父がっ!」


 僕の首筋に壇さんの手刀が叩き落された。そして別の部位にも激痛が走る――ふと見下ろすと、徹男が頬を膨らませながら僕の脇腹をつねっていた。

 ま、まずいなあ、ポニテ女子とのやり取りを聞かれたってことは、僕がいままで必死に築き上げてきた清楚キャラの崩壊に繋がる。何とかせねば……。


「ヒーちゃん、この女だれ?」

 

 徹男は相変わらず、頬を膨らませながら尋ねてきた。その様子から察するに、かなり憤慨しているようだ。因みに未だ僕の脇腹はつねられたままである。恐らく内出血は免れないだろう。取りあえずこの場を収める為には、僕の得意技で切り抜けるしか道はない。


「彼女は……」


 浩志、この危機的状況を乗り切るナイスな言い訳をっ! そう、これ以上ないほどのナイスな言い訳をいますぐカモンっ!


「彼女は……カブトムシだ。あれは去年の夏のことだった。彼女は心ない小学生たちに捕まりそうになっていた。その時、偶然通りかかった僕は間一髪のところで彼女を助けた。今日はそのお礼に――」

 

「ヒーちゃんっ!」

「浩志君っ!」


 脇腹の激痛が急激に増した。そして同時に壇さんの鋭い視線が突き刺さってくる。するとポニテール巨乳美少女の正体に気付いた幹大が、咄嗟に二人の間に入ってきた。頼むぞ、親友っ!


「まあまあ、二人とも少し落ち着いて。彼女はヒロのファンだよ、只のファンっ!」


「そうなの?」

 

 壇さんと徹男が僕の顔を覗き込んできた。無言で頷くと脇腹の激痛はピタリと止まる。どうやらお許しを貰えたようだ。とは言うものの……浩志よ、カブトムシはねえだろ。

 正直、自分の機転の利かなさにがっかりした。僕がそんな自己嫌悪に苛まれていたところ、ポニテール巨乳美少女が静かに口を開き始めた。


「貴女は浩志様の何なんですか?」


 ポニテール巨乳美少女は壇さんを静かに見据えた。これは明らかに波乱の予感満載である。


「彼女よ。芸人用語でいうところのマジタレってやつね」


「へえ、そうですか。では早速のところ申し訳ないんですが、取りあえずいますぐ別れてください」


「無理。そんなに彼が欲しければ奪ってみれば?」


「はい、そうします」


睨みあう二人の美少女――怖すぎる……というか二人とも目がすわっている。すると隣にいた幹大が無言のまま、眉間にしわを寄せながら目配せをしてきた。


『おい、この状況を何とかしろっ!』


『僕に出来るわけないだろっ!』


『大体さっきのカブトムシってなんだよっ! 吐くならもっとマシな嘘を吐きやがれっ!』


『うるさいっ! カブトムシのことはもう二度と言うなっ!』


 全く意味のない不毛な争いが続く。そんな中、徹男がうつらうつらとしながら、僕に抱っこを強請(ねだだ)ってきた。どうやら、おねむがまだ足りないようだ。

 しょうがないなあ、僕は溜め息を漏らしながら徹男を抱きかかえた。最近の僕はザラメ煎餅のようにヤツに甘々なのだ。

 

 美少女たちの睨み合いを見つめなが、ボンヤリとそんなことを考えていると、スマホが着信を接げてきた。液晶画面に目を向けると、着信相手は愚母であった。ったくこんな時に……僕は溜め息交じりで画面をスライドさせると、顔をしかめながらスマホを耳に当てた。


「ドラえもんのどこでもドアって、あれ幾らだっけ?」


 受話口からは愚母の能天気な声が聞こえてきた。


「どこでもドアか? たしか64万円だったような……」


「千葉県南部の旧国名は?」


安房(あわ)だけど……」


「オランダを漢字一文字にすると?」


「うーん、たしか蘭だったような……」


「ウルトラマン、第39話に登場する星人は?」


「ええと、ゼットンだったかなあ……っていうかババア、貴様いまクロスワードパズルをやってるだろ」


「えっ?……や、やってないよ」


「バレバレだ。いいか? 僕はいま学校にいるんだ。学生にとって学校とは、社会人でいうところの職場のような場所だ。いちいちそんな下らない用件で電話してくんじゃねえっ!」


「母親に向かって何てこというのよっ! アンタなんてね、風邪引いて、そして痛風になった挙句、助かりかけたのに結局はダメで苦しみ抜いて死ねばいいのよっ! このハゲっ!」


 そこで通話は一方的に遮断された。あのババア……誰がハゲだっ! こっちは剛毛で困ってるっていうのにっ! 僕はスマホを見つめながら、心の中で叫んだ。そして溜め息を漏らしながら、顔を上げると二人の美少女は相変わらず、まだ睨みあったままだった。


♪ けんかをやめて 二人をとめて 私のために争わないで もうこれ以上 ♪


 途端に懐メロがおつむに流れ出す。そんな中、僕に抱きかかえられていた徹男が、涎を垂らしながら寝言を呟いた。


「ううん、ヒーちゃんそこじゃない、むにゃむにゃむにゃ、もうちょっと右……ああ、そこそこ」


 こいつは一体どんな夢を見てるんだか……睨みあう二人の美少女。それを何とかなだめようと必死の親友。可愛らしい寝顔の小動物。相変わらず無茶苦茶の愚母……。

 僕の日常は今日も普通とは程遠いものであった。カムバック、平穏な日々よ……僕は心の底からそう願いながら静かに溜め息を漏らした。





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