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佐藤浩志の普通とはほど遠い日常  作者: はるのいと
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第三章 「僕の脳内は崩壊寸前だっ!」

まだ二年以上ある高校生活。さて今後の展開をどうするか?

僕はいつものように電車に揺られながら、近い未来の自分を想像していた。

 

人の噂も75日――。

世間で人があれこれ噂をしていても、それは長く続くものではなく、やがて自然に忘れ去られてしまうものだ、ということを表したことわざである。

 

だがこのことわざは現代社会ではあまり通用しない。

ネット社会では一度拡散した情報は消えることがないのだ。

そして学園中に広まった僕が ”美少年好き” だという噂も、余程の一発逆転が無い限り消える事はないだろう。 


ここは心機一転、普通男子からオネエキャラへと変貌を遂げる、というのはどうだろう? 

芸能界を見ても彼らは着実に勢力を伸ばしている。

それは何故か? 恐らく嫉妬を生みにくいからだろう。


女性は自分よりも容姿の優れた者に、多少ならずとも嫉妬する。勿論、男性も叱りだ。

だがジェンダーのオネエたちにはそれがない。

いくら美人であろうが恰好がよかろうが、それは ”敵” にはなりえないからだ。

故に誰からも好かれる可能性が高いということになる。

だから僕もオネエキャラへの転身を――。

 

――次は緑川駅、緑川駅、降り口は右側に変りまーす――

 

さてと、おバカな妄想はここまでにしていざ戦場へと向かおう。

こうなったら出たとこ勝負だ。まあ、命まで取られることはあるまい。

それに最悪の場合は徹男に頭でも下げて、事の真相を語ってもらえば済むはずだ。

僕はそのような甘い考えを抱きながら、駅の改札を通り抜けた。


 

 

「この変態野郎っ! 私たちの徹ちゃんに何てことしてくれたのよっ!」


「いやあ、そう言われましても……」


場所は1年F組の昼休みの教室――。

早朝から続く僕への抗議活動は、時間を増すごとに支援者の数が、雪だるま式に増加していった。

そしていま現在では(おびただ)しい数の徹男ファンたちが教室の前に大挙していた。

無論、一部の薔薇系男子を省けばその殆どが女子生徒である。

 

そして僕はといえば女子生徒たちの口から発せられる罵詈雑言を、先程からクレーム処理係の如く真摯な態度で受け止めていた。

だがそれもそろそろ限界だ。そこで僕は最終兵器を投入することにした。

 

ヘルプ徹男っ! 僕は心の中で叫んだ。

だが待てど暮らせどヤツが現れることはない。

その理由はいたって簡単である。本日、黒柳徹男は欠席していた。

担任の話ではどうやら夏風邪をこじらせたらしい。

 

あ、あの野郎、今度会ったら絶対タダじゃおかねえ……。

事の真相を知っているクラスメイトたちは、誰一人として僕を庇う者はいなかった。

というか本当のことを語っても誰も信用しないのだ。

常軌を逸した怒りというものは、ときとして人の思考力を奪う。

要するにいまの彼女たちに何を言っても無駄だ、ということである。


「取りあえず土下座しなっ! 話はそれからよ」

 

土下座コールが何処からともなく巻き起こる。

なるほど、女子のイジメは陰湿だと聞いていたがあながち的外れでもないらしい。

ふん、だが舐めるなよ。僕を一体誰だと思ってる? ”健康優良没個性男子” だぞ。

その程度の事でこの場が丸く収まるなら、土下座でも土下寝でも、いいや靴すらも舐めてくれよう。

僕はそう心の中で呟きながら、ゆっくりと土下座の体勢に移る。


「土下座なんてすることないよ」


聞きなれた涼しげな声が背後から聞こえてきた。

振り向かなくても相手は自明だ。


「ちょっと何よ、アンタ」


「もう、その辺したら?」

 

壇さんは女子生徒を(いさ)めると、颯爽と僕のもとへと訪れた。

その様子は勇ましく美しい、ジャンヌダルクのようだ。


「アンタには関係ないでしょ? 男子にちょっと人気があるからって、調子に乗ってんじゃないわよ」


「あのう、壇さん僕なら平気だから――」


「男がそう易々と土下座なんかしちゃ駄目よ」

 

ジャンヌダルクはそう言うと、女子生徒に視線を移す。

そして自信満々の笑みを浮かべると、涼しげな声でこう続けた。

 

「別に調子になんて乗ってないわ。でもね、自分の彼氏(・・)が、冤罪で責め続けられてるのを、黙って見てるわけにもいかないでしょ?」


「……彼氏?」


「……彼氏?」

 

僕と女子生徒は同時に小首を傾げた。


「そう、彼氏」

 

壇さんそう言って僕の腕に絡みつく。

そしてまるで恋人のように、静かに肩口へと頭を預けてきた。


「ウソついてんじゃねえよ。こんなのがアンタの彼氏なわけないじゃんっ!」


「信用できない?」


「当たり前でしょっ!」


そりゃ信用できないよねえ。僕も全く同意見です。

どうやらキミとは馬が合いそうだ。

例えばかりに日本の資本主義が崩壊したとしても……。

例えばかりに宝くじ1等が10年連続当選したとしても……。

例えばかりに隕石が落ちて地球が大爆発したとしても……。

僕が壇美鈴の彼氏になる、ということは天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

だがこの世界は時としてありえないことが起こるのだ。

そう、それはいつも突然に……。


「そう、なら仕方がないわね」

 

壇さんはそう言って微笑むと、僕の顔を両手でそっと包み込む。そして優しく唇を重ねてきた。

 


プスッ……プスップスップスッ       

     

                     脳内崩壊 回線ショート 要再起動……。

 


 

それからの記憶は緑川駅に到着するまで殆ど無かった。

当然のことながら授業のことなど、皆無といっていいほど覚えてない。

かろうじて記憶に残っているのは、愚母が作ってくれた弁当の中身は、サバ味噌の缶詰が一つ入っていただけということくらいだ。

因みに白米も箸もそして缶切りさえも無しだった。

 

この嫌がらせ以外の何ものでも無い弁当の件は、いまとなっては些末な問題だった。

僕は緑川駅のベンチに腰を下ろしながら静かに瞳を閉じる。

因みに隣には徹男と同様に先程いきなり僕の唇を奪った、

壇美鈴さんが無言のまま腰を下ろしていた。


「あのう、壇さん……先程はお助け頂き――」


「お願い、美鈴って呼んで」

 

壇さんはおねだりするように、上目づかいで見つめてきた。

途端に僕は冷凍マンモスの如く、ガチガチに固まってしまう。

すると彼女は噴き出すように笑い声を上げた。


「冗談だってっ!」


「はあ……と、いいますと?」


「さっきのキスはブラフ(はったり)よ、ブ・ラ・フ! だってあれくらいしないと、収集つかなかったでしょ?」


「まあ、そうなんでげすが……」


「それにね、私にとってキスなんて大したことじゃないから」


「えっ、そうなんでげすか? じゃあ、何度もご経験を?」


「ええ、しまくりのヤリまくりよ。だからあんまり気にしないで」

 

壇さんはそう言ってにこやかな微笑を向けてきた。

ショックッ! 浩志、大ショックッ!

やっぱり人は見た目では分らないもんなんだなあ……。

こんなに清純そうな顔して、しまくりのヤリまくりだなんて……。

あんな事やこんな事もしちゃってるわけだ。

それはもう得も言われぬ快楽の極致であり、そして彼女は理性を吹き飛ばして、めくるめく悦楽の世界へと――。

 

「ちょっとっ!」


「はい?」


「いま、私で変な妄想してたでしょ?」


「失敬だな、そんな訳ないだろ」

 

はいっ、うそっ! 

モロにしてました。彼女が声をかけてくれなかったら、もう少しで引くぐらいの淫語(いんご)が頭の中を駆け巡るところだった。


「そう? ならいいけど」

 

壇さんは渋々納得すると、ゆっくりとベンチから腰を上げた。

そして丁度良くホームに入ってきた電車に乗り込んでゆく。

 

「それじゃ明日からよろしくね(・・・・・)、浩志君」

 

「はあ……こっちこそ」

 

微笑みながら手を振ってくる壇さん――。

僕は呆けた表情を浮かべながら、その言動の意味も分からずにそう返した。

明日からよろしくねって……一体どういう意味?



 

憧れの人からのキスはたとえお情けだったとしても、

やはり徹男のそれ(・・)とはやはり違うものだった……

正直、いまも顔が火照り頭がボーっとしている。

もしかして……これが噂に聞く恋ってやつなのだろうか?

僕はそんなことをあれこれ考えながら、自宅のドアに手をかけた。

 

「ただいま――」


「この鬼畜野郎がっ!」


ドアを開けるとそこには鬼の形相を浮べた愚母が、

ファイティングポーズを作りながら、駆け寄ってくる姿が見えた。

ボカッ……プツン――そこで僕の記憶は途切れた。


 


気が付くと僕はリビングのソファーに寝かされていた。

目の前では、愚母が申し訳なさそうな表情を浮かべている。

僕は先程とは全く違う意味でボーとしている頭を強引に振った。


「おい、ババア……帰宅した息子に対して、いきなり渾身の右ストレートとは一体全体どう了見だ?」

 

「ホントごめんっ! また浩恵が……」

 

愚母は自身の顔の前で手のひらを合せる。

そしてその言葉と態度から、僕は瞬時にして全てを理解した。

まただ、またあの虚言癖の仕業だ……。

僕は溜め息を一つ漏らすと、愚母に視線を合せた。

 

「今度は愚妹になんて吹き込まれた?」


「アンタが学園のアイドルを無理やり犯したって……」


犯した? ……途端に急激な眩暈が襲ってきた。


「一体どうしたら、そんな与太話を信じることが出来るんだ?」

 

「ホント、すまん……でも、ちょっと待ってて!」


愚母はそう言うと一端、キッチンへと消えていった。

すると何やら言い争いをしている声が聞こえてくる。

そして暫くすると、嫌がる愚妹の首根っこをつかみながら戻ってきた。


「さあ、下手人はコイツよ。アンタの好きにしなさい」


「ババア、チューブわさびを……」

 

僕はポツリと呟く。すると愚妹の顔は見る見るうちに青ざめていった。

 

「いや、そ、それだけはやめて……」

 

愚妹は謝りながら、必死に足元に縋りついてくる。

当然の事ながら僕はそれを即座に払いのけた。


「お兄ちゃんの左瞼をよく見てごらん。どうだ、赤黒く腫れあがってるだろ? これはお前が何気なく吐いた嘘が原因で出来た、本来あるはずのない内出血だ」


「ご、ごめんなさい。お兄ちゃん許し――」


「人とは相手を許すことの出来る唯一の生物だ」


僕は愚妹の頭にそっと手のひらを乗せた。

そして慈愛を込めて優しく撫でてやる。


「だが同時に人には、堪忍袋の緒ってものが存在するんだ。分るな? 我が妹よ」


愚妹はこれ以上の抵抗は無駄だと判断したのか、

潔く鼻の穴を広げながらあられもない姿を晒してきた。

僕は慣れた手つきで、愚妹の鼻の穴にチューブわさびを差し込むんでゆく。


「じゃあ、いくぞ?」


「バッチ来いっ!」


僕は力一杯チューブわさびを握りしめた。

途端に愚妹の絶叫が佐藤家のリビングに木魂する。

人生最大の苦しみをとくと味わえ、そしてついでに死ねっ!


先程、ババアが放った矢吹ジョーにも匹敵するような渾身の右ストレート――。

それが原因かどうかは定かではないが、僕の心に芽生えつつあった、

壇美鈴への淡い恋心は、この頃には綺麗さっぱり何処かへと吹き飛んでしまっていた。

果たしてこれは良いことなのだろうか? それとも……。

様々な問題を抱えつつ、こうして健康優良没個性男子の怒涛の1日は、愚妹の絶叫と共に騒がしく終了した。

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