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これが秘薬――性転換の薬(2)

 レノンが腕に抱えるように持ってきたガラス瓶、二つ。

 

 私の目の前に置く。

 中身の美しさに私は、感嘆の声を上げた。

「ぅわあ……、綺麗……! これ、本当に薬なの?」

「琥珀糖の中に薬剤をいれたんだ」

 そう言いながらレノンは瓶の蓋を開けて、一つ取り出すと私にくれる。

 触れた感じ、ザラザラしていてガチガチ。本当、石みたいだ。

「琥珀糖……見た目、水晶の欠片みたい」

 私は片目を瞑り、光にかざしてみる。

 親指大の赤い水晶は、光を吸収してキラキラしている。

 やや柔らかいが、本当に宝石を含んだ石みたいだ。

「薬って苦いのが多いから、子供が飲みたがらないだろ? だから師匠が、東洋のお菓子を見立てて作ってみたんだよ。そのレシピを僕が再現したもの」

「どのくらい持つの?」

「一ヶ月はもつ」

 

 へー、と琥珀糖に包まれた赤い薬をかざして、色んな方向にかざす。

(……これで男に……)

 摘まんだ薬をポイ、と自分の口の中へ放りこんだ――ら

「どうして説明も聞かずに、すぐに口の中にいれちゃうんだよ!」

 とレノンに背中を思いっきり叩かれた。

「――ぶっ……!?」

 叩かれた拍子に口の中から吐き出された薬は、コロコロと床に転がる。

「ちょっ……! いきなり何よ!?」

「いきなり口の中に放り込むからだろう! 第一、今ステラが口に入れた薬は『女になる』方だよ!」

 えっ? と、私は二つの瓶を見比べる。

「よく見たら、赤い薬の瓶と青い薬の瓶で別れてる……」

「赤い方は『女になる薬』青い方は『男になる薬』なんだ」

「どうして『女になる薬』まで作ったの? いらないのに……」

「だから説明するって言ったじゃない」

 

 ふてくされた私に、レノンは瓶から赤と青を一つずつ取り出し、私に見せる。

「形は様々だけど、中に入っている薬の分量は同じだから心配しないで」

私は頷く。

「これはお菓子のように食べる感覚で飲用する薬なんだ。さっき話したよね? 薬は苦いのが多いから、それを誤魔化せるように甘いお菓子でコーティングして、服用が苦にならないようにって」

「じゃあ、これ……元は、すっっっごく苦いのね」

「悶えるほど苦い。しばらく口がすぼむほど苦い。何杯も水を飲んでも、なかなか収まらないほど苦い」

「うわぁ……それだけ苦いと、甘い菓子でコーティングしても誤魔化しきれない気がするわ……」

「そのまま服用するよりはましだよ。師匠の魔法薬のレシピは苦いのが多いけれど、効果はてきめんでしょ?」

 

 確かにそうだ。

 亡きヒューさんの薬はどんなに苦くても、その効果は一目で分かるほど回復力が早い。

 長く咳きこんでいた人が、すがる思いで薬の調合を頼み、一晩で劇的に回復したとか。

 評判を呼んで、王都からわざわざやって来た患者は数知れない。

 王家のお抱え医師さえも教えに乞いにくるくらいだ。

(……そういえば、ヒューさんって王宮仕えをしていたんだよね)

 誰から聞いたんだっけ? お兄様?

 レノンを連れてキルトワに来て――そこでバカンスに来ていた私と会った。

(レノンはここに来る前、どこに住んでいたのかしら?)

 漠然と、ヒューさんの孫かな? とか思って気にも止めなかったけど。

「ステラ、これから説明すること細かいから、覚えきれないようならメモして」

 とレノンが私の目の前に羊皮紙とインクとペンを置く。

「わ、分かった」

 私は、ワタワタとペンにインクを付けた。

 今はこっちに集中しないと、と彼の低くて落ち着いた声に耳を傾けた。


「服用は一日三回。ゆっくりと効果が現れる。だけど、なかなか定着しないから一回の服用後に性が変わるのは最初、短い時間だと思う。最初の数回は数十分程度だと思って」

「それだけ!?」

 それじゃあ、完全に男になるのにどのくらい時間を要するの?

 困るわ! という顔が出たのか、レノンは「あのね」と肩を揺らした。

「性を外科でイジらずに変えるのってどれだけ大変だと思ってるの? 人としての身体の作りが違うんだからね?それを一日で変えられるわけないんだよ。薬で馴れさせて徐々に変えていくのが最適なの。急に変えたら身体が変調をきたして、日常生活を送れなく可能性だってあるんだから」

「ご、ごめんなさい。次、お願いします」

 お説教が長くなりそうなのであっさりと謝って、次とお願いする。

 昔からレノンの説教は長い。聞きたくない時には、さっさ謝罪するに限る。

「同じ時間、同じ量を服用して副作用が出ないようなら、そのまま服用して。――でも、目眩や吐き気、腹痛、身体の痛みとかいつもと違う症状が出たら服用は止めて、すぐに僕のところにきて」

「服用を止めなくちゃいけないくらいって、いつ頃とか目安はある?」

「……そうだね、三日くらいでいい」

「分かったわ」

 それから、薬の服用を続けていけば、男になっている時間がだんだん増えていくとレノンは言った。


「男になっている時間が増えれば増えるほど、思考が今までと違ったりしてきてステラ自身が戸惑うことが出てくると思う」

「それは……男よりの考えになるってこと?」

「そう、なると思う」

 とレノンが躊躇いがちに頷く。って、なんで躊躇いがち?

「どうしてそこで『思う』なの?」

「思考とか感情とかが元々男よりだったら、そう変化はないと思うんだ。最初に性転換の薬を依頼にきた人のように」

「へえ……」

「しばらく女の性のステラと男の性のステラが同居したりして、パニックが起きるかも知れない――それって多分、とても辛いことだと思うから、そうなったら服用は止めるように」

「そんなことはないわ」

と、私は自信をもって告げる。

 

 私の答えにレノンは一瞬、悲しげな表情を見せた。すぐにいつもの冷静な顔に戻ったけど。

「……こっちの赤い薬は、さっき話した通り『女になる薬』なんだけど、そのパニックになった時や、どうしても女に戻らなくちゃならない時用なんだ。元々ステラは女だから、効能は早い。すぐに身体に出る。ただし、だいぶ男になる薬を服用していたら流石にすぐ、とはいかない。男になっている時間が長くなってればなっているほど、なかなか女の姿には戻らない――まあ、その時にはもう周囲にはばれてると思うし、ステラも男の自分に馴れていると思う」

「そうね……。どうして必要なの? って思ったけど、レノンの話を聞くと、当分『女になる薬』も必要だわ」

「……どうせ、一週間の間にご両親にもコニーにも話してないんでしょう?」

「うっ」とレノンの言葉に私は喉をひきつかせた。

 お見通しだった。

「ほら! なせばなる! だし。周囲だって男になった私を見てもらった方が、納得するかと思うのよね~」

 はははは、と笑って誤魔化す私にレノンは呆れて深い溜息をつく。

「……曲がりなりにもステラの家は王家に覚えめでたき侯爵なんだから、そんな一人娘がいきなり男になってみなよ? 責任問題が僕にかかってくる……。頼むから家族には話してよ……」

「そうよね……。なるべく早い時期に……兄か父に会って話をするわ」

「頼むよ」と念押しされて私は、薬が入った二つの瓶と丸めた薬の覚え書きの羊皮紙を、バスケットに詰め込む。


「あ、そうそう! お代……」

 私は自分の右手の薬指に填めていた指輪を外し、レノンに渡す。

 純金のアームに、大きなルビー石が填め込まれている。

 レノンが鑑定するように窓にかざせば、差し込んでいる日の光に当たって、それは女王のようにキラキラと輝いた。

「これ売れば、相当のお金が入ると思う」

「これは……?」

「結婚指輪……になるはずだったもの」

「……いいの?」

 ええ、と私は頷く。

「慰謝料の一部としてもらったから私のなの。だから何に使おうと私の自由」

 それに、ずっとつけていくはずだった指輪をいつまでも持っているなんて、未練たっぷりに思われそうだ。

 縁起悪いなんていわれて、誰も受け取ってくれなさそうだし。ここは、新しい自分になるための資金にするのが一番だ。


「じゃあ、もらっとく」

 レノンはそういって、自分のズボンのポケットに突っ込んだ。

 随分、適当な扱いだなあ……それって結構、お金かかった気がしたんだけど。

「説明は終わったし、もう薬飲んでいいわよね?」

と、バスケットに積めた薬瓶の中から男になる薬を一粒取り出す。

「あ、もう一つ。服用は食事前にして。栄養を糧に身体を作り直すから」

「じゃあ、ついでにお昼にしちゃいましょう」

 賛成、とレノンにしては珍しく朗らかに同意した。

 よほど、牛肉の煮込みが食べたかったらしい。









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