これが秘薬――性転換の薬(1)
(やったー!! 今日はめでたく男になる日!)
クルクル、と身体を回転させ喜びを身体いっぱいに表現させる私。
「おはようございます。今日はご機嫌ですね。ステラ様」
コニーが洗顔用のお湯とタオルを持って部屋に入ってくる。
「おはよう、コニー。今日もいいお天気だと感動していたのよ」
だって大雨だったら、レノンの家まで歩いていくの大変じゃない。
馬車は大げさになるから使いたくないし。
私は歌を口ずさみながら顔を洗い、着替える。
「あ、今日はシュミーズドレスがいいわ」
とコニーに頼む。
だって、矯正下着やらなんやら身体を締め付けるものを着込んでたら、男になったら体型も変わるのだろうから痛そう。
コニーは私の機嫌がいいことに安堵したのか、一緒にニコニコとしている。
(あ、そうだ。コニーには言っとかないと……でも)
正直に「今日、私男になるのよー」なんて言って、信じてもらえるかどうか……
(多分、錯乱してるって思われるわよね~)
「ねえ、コニー」
「はい、なんでしょう?」
ニコニコと笑顔を振りまくコニーに、若干の罪悪感に胸をしくしくさせ尋ねる。
「もし、もしもよ? もし私が男に生まれ変わったら、コニーは私に仕えてくれる?」
はて? とコニーは笑顔のまま首を傾げた。
「生まれ変わる、ですか?」
「もしも、よ」
「……それは、まさか……!」
コニーの顔がみるみる緊迫していく。
がしっと私の肩を掴み迫る。
「自ら命を絶って男に生まれ変わる、ということですか!?」
「ち、違うわよ……! 命を絶つまで絶望してないし! 例えば! 例えばって言ってるでしょ!」
わさわさ揺さぶられ、少々気持ち悪くなってきました。
「本当……ですか?」
「本当、です!」
落ち着いたのか、やっと肩を離してくれたコニーに私はきっぱり言った。
「だから、『たとえば』の話」
「そうでしたの……。もう、心配しました」
ホッ、と胸を撫で下ろすコニー。
まあ、普通だったら病んでる案件だしね……。コニーが必要以上に気をかける理由は納得できる。
「そうね、言い方が悪かったかも。『私が男だったとしても私に仕えてくれた?』の方がいいかな?」
と聞き直す。
「そりゃあ、そうじゃないでしょうか?」
あっさり、即答したコニーに私は嬉しくて抱きついた。
「コニー大好きよ。私が男だったらコニーを第一夫人にするのに」
「あらあら。光栄ですわ」
ただの冗談だと思って冗談で返すコニー。
だけど私は本気です。
(問題は、男になったらコニーに欲情するか、よね)
昨日、レノンにああ言ったけど、私は元同じ性別の人を男として愛することができるのだろうか?
(ここで悶々としていても仕方ない!)
行くぞ! レノンの、元へ!
『昨日、散歩の途中で薬術師のレノンと会ったの。師匠のヒューさんを亡くされてずっと気落ちしたままなようだから、今日は彼の家へお邪魔して励ましてくるわ』
と、うまく言い訳をする。
コニーもヒューさんとレノンを知っているから、一人になったレノンにとても同情して瞳を潤ませた。
『分かりました! じゃあ、昨日から煮込んでおいた牛肉を持って行ってくださいな』
え、おもっ……と顔に出した私のことなど気にすることなく、昨日より一回り大きいバケットに鍋とかパイとかパンとかケーキとか短剣とか詰め込んでいく。
また短剣かよ! と思いながら
「短剣、いらなくない? 重いからせめてナイフにして」
と頼むけど、コニーは首を縦に振らない。
「いくらレノン様が幼なじみだとしても、立派な成人した男性ですからね? 間違いが起きたら遅いんです。殿方は性質上、いきなり狼に変わりやすいものですから、脅しがわりに持って行くべきです」
と、淡々と諭されました。
いや、だからナイフでいいって。
コニーの強引さに負けた私は、昨日より一回り大きいバケットを下げレノン宅へ出向く。
勿論、昨夜兄の部屋から失敬してきた男性の衣装も持ってきている。
鍋が入っている分、さすがに重い。
だけど、私の心は軽やかだ。足捌きだってステップする勢い。
(だって今日から私は、お・と・こ、になれるんだもの!!)
レノンは「このまま男になっていいのか?」考えて? と言ったけど、昨晩考えたけど私の決意は変わらない。
父や母、そして兄に弟はビックリするだろうけど、「返って男の方がいいんじゃない?」なんて返答が返ってきそうな気がする。
……そりゃあ、多分男になった私を見て最初は卒倒するだろうけど。
(問題はコニーよね……)
どうやって説得させよう?
というか、男になった私を見てステラだと分かるかしら?
考えを巡らせていると、あっという間にレノン宅に着く。
「悶々と考えてても仕方ないわ! 成せばなる!」
私はムン、と拳を作ると扉を叩いた。
◇◇◇◇◇
「決心は、変わらないんだね」
扉が開くやレノンは、開口一番に聞いてきた。
「当たり前よ」
私のはっきりとした返答にレノンは、「はあ」と息を吐き出すと部屋に招き入れる。
「――あら、随分片づけたのね」
先週の汚部屋と打って変わって、入ってすぐにあるリビングは綺麗に清掃されていた。
前に見て、しんみりしてしまった窓ガラスも綺麗に磨かれている。
「ステラが来客して改めて部屋、汚いと思ってさ……」
「そういえば」
と、ふんふん、と私は頷きながらレノンを見上げる。
「先週より小綺麗になってる。臭くないし」
「――えっ!? 臭かったの!?」
あっという間にレノンが湯であがった。顔を真っ赤にしてダラダラと汗をかいている姿は見ていて面白い。
いつもは無表情で冷めた印象なのに、たまにこうなるのは微笑ましいものよ。
「うん、ちょっと酸っぱい臭いがしてた」
「言ってよ!! むやみに近づいてきたから、そんなに臭ってないのかと思ったじゃないか!」
「レノンや亡きヒューさんが臭いのって、もう当たり前っていう意識があったから気にしてないわ。それに、お茶むせるし」
「……普通の、しかもステラはいいところの令嬢なのに、臭さに耐久があるなんて本当に変わってるよ」
「まあ、いつもの消毒液の匂いも嫌いじゃないわ。それに男として生きるなら、これくらい楽勝にならないと」
私は遠慮なくテーブルの上に籠を置く。
ドン、という重たい音にレノンは眉を潜めた。
「何が入ってるの?」
「コニーからの差し入れよ。牛肉の煮込みとかパンとかケーキとか色々」
籠の蓋を開けて覗くレノンの顔色が明るくなる。
「鍋の蓋が閉まっててもいい匂いが漂ってくる……美味しそう。食べていいの?」
「あとで一緒に食べましょう。――それより……」
私は目に力を入れてレノンを見る。
「例の薬、用意してくれない?」
「……うん」