番外編:再び挙式します~ドレスに罪はありません
「ステラ、お式はどうするの?」
母から問われ、私はレノンと顔を見合わせた。
レノンの求婚を受けて、私は無事に人に戻った姿で家族に報告。
人に戻った私に歓喜の声が上がり、それから皆が泣いた。
レノンの求婚を受けたという二重の報告に、両親はあっさりと了承してくれた。
「最初は『娘の人生を狼にした怪しい薬をつくる薬術師に任せるなんて』と思ったけれどこの一年、狼のステラを献身的に面倒を見てくれたしね」
ということだ。
結婚を許してくれたのは嬉しいけれど――式はどうかしら? と私は返答に悩む。
何せ途中までとはいえ一度、大々的に式を執り行っている。
それにレノンは王家の血筋だけど廃嫡の手続きをして王族として排除され、今は平民。
貴族社会の枠内にいる、というのはなかなか面倒で式の途中で逃げられただけでなく、今度は平民と結婚。なんていったら……
(招待してもきっと、誰も結婚式に参加しないんじゃ……)
でも、式だけはしたいな、と思う。
今度こそ神父様の前で永遠の夫婦の誓いをたてたい。
「……式はしたいけど。内輪でこっそりでいいかな、と」
私はレノンと顔を見合わせながら両親に答えた。
レノンも同じ意見なようで、頷き返してくれる。
「遠慮しなくていいのよ、ステラ。散々馬鹿にした者達の前で、幸せな姿を見せつけてあげなさい!」
「そうだぞ、ステラ! レノン! お金のことなら気にしなくても大丈夫だ! 事業も上手くいっているし、前の慰謝料も殿下からがっぽりもらっている!」
けれど、父と母は私達が遠慮していると勘違いしているらしく、声を大にして挙式を勧めてくる。
「いや、そうでなくて……あまり目立つことはしなくても――」
「何を言っているの、レノン!」
レノンの言葉を遮り、母は言う。
「人生の中で主役になれる時はごく限られているのよ? 結婚式はそのうちの一つ! ここで男気をみせなくてどこでみせるのです!」
「そうだぞ、レノン。幅広い客層を招待して人脈を広げることができる催しを、自ら潰してどうするんだ? 君は薬術師だろう? 人脈を作り、がっぽり儲けるんだ!」
分かった、ついでに自分たちの事業の人脈も欲しいんだわ。
「術師」という魔法を使う者達の人脈って、そもそも少ないから難しいのよね。薬術師であるレノンにはきっと「術師」の伝があると見込んでいる。
(ああ、商魂たくましい両親だわ)
王宮仕えを兄に譲ってから、自由に商売してるわね~
「お父さま、お母さま、レノンの人脈まで取ろうっていう魂胆ね?」
「うっ」と声を詰まらせ、焦る両親に私は盛大な溜息を吐く。
「ほ、ほら、レノンのように魔法を扱える者は大抵は王宮に勤めてしまうだろう? それでは市民達にその恩恵がなかなかうけられないじゃないか。自由に能力をつかっている術師の力が必要な時代になってきてるんだよ、ステラ、レノン」
「そうは言ってもね……」
その肝心のレノンは、結構孤独で友人がいるという話を聞いたことがない。
(術師の友達はいるのかしら?)
私は隣に座っているレノンをチラ見する。
――彼は碧の瞳をキラキラ輝かせて頷いていた。
ガタン、と音をたてるほど椅子を動かし立ち上がる。
「僕はその意見に賛成です! 侯爵! そこまで考えた上でなら喜んで挙式をしましょう!」
「レノン! 分かってくれるか、この想いを!」
「ええ! もちろんです! 王家や貴族達ばかりに術師の恩恵を受けるのは間違いです! 是非、協力させてください、侯爵!」
「レノン! 私のことは『お義父さん』と呼んでくれ!」
「お義父さん!」
二人手を固く握りあい見つめ合っている。
(ええええええ!?)
こうして私は、再び挙式をすることになった。
◇◇◇◇◇
とはいっても、さすがに王都の大きな教会でまた式を執り行うというのは躊躇う。
なのでキルトワの教会で式を挙げて、別荘で披露宴を行うことに。
「一応、前に参加していただいた方々に招待状を送るわよ?」
と母がリストを見ながら私に問いかけてくる。
ほとんど両親の関係者達だ。そこは好きにしてほしい。
「ステラ、貴女の招待客リストは? もう、まとめたの?」
「私の友人関係もお母さま達と被っているから、まとめて送ってちょうだい」
「もう……ずぼらなところは、狼から戻っても変わらないわねぇ」
「狼は関係ない。それより、当日は余計なことを言わないでよ。狼になってましたとか、男になってましたとか」
「言ったところで誰も信じやしませんよ」
「ほら吹きとか囁かれたいの? お母さまは?」
そんなやりとりをしていたら、コニーが大きな箱を持ってやってきた。
兄クリフのお嫁さんのナディア義姉さまも付いてきている。
こうしてたまに別荘に遊びにいらしてくれるのだ。
「コニー、その箱は?」
「ナディア様が、王都の本宅から持ってきてくださいました」
と、コニーはソファに箱を置き、蓋を開けると中身を取り出す。
「――あ」
私の記憶が一気に甦った。
真っ白な――ドレープたっぷりのベールに、ウェディングドレス。
「オズワルトとの挙式に着たドレス……まだ残っていたのね」
私はコニーからドレスを受け取り、身体に合わせる。
「よいお仕立てなので、何かに利用できないかと持ってきたのですけれど……」
とナディア義姉さま。
(確かに。当時の人気デザイナーのお店で仕立ててもらったのよね)
「そんなドレス、閉まっちゃいなさい! でなければ燃やしてしまいなさい。忌まわしい物をとっておくなんて……」
母が不快そうな顔を露わにして口に出した。
「でも、まだ使用できそうよね。私、体型変わっていないし」
「いえ、お胸が……」というコニーの視線には、あえて突っ込むのは止めた。
「まったく! 花婿だったオズワルト様を連れ去った殿下は結局、キャロウ家の親戚筋とはいえ女性と結婚なさるし、いたたまれなくなったオズワルト様は国外へ出て行かれたでしょう……。あの殿下に振り回されっぱなしだわ!」
母は恨み言を言い出す。これが始まるとなかなか終わらないのよね。
しかしながら私も「いえ、オズワルトは実はオレーリアでして、女性になって結婚したので国外に出て行ってません」とは言えず。
「それでも、この国に居続けるんでしょう? なら我慢するしかないんじゃない? それに、結婚してだいぶ落ち着いたっていう噂じゃない、殿下は」
と、とりあえず味方する。
だって、半分とはいえレノンのお異母兄さまだもんね。
「それはそうだけれど、クリフに負担がかかってくるんじゃないかと不安だわ。ねえ、ナディア」
母はナディア義姉さまに同意を求めるも義姉さまは、
「大丈夫です。クリフ様はそんなヤワではありませんわ」
そうニコニコして告げた。
「――でも、ドレスは新調なさい」と母は決定を下す。
「もったいないわよ、リメイクして着れば大丈夫よ」
と私。
「いけません! 貸しなさい!」
母はドレスを取り上げようとするけれど、私も負けない。
手がドレスを掴むより早く、さっと避ける。
「お金なら出すと言っているでしょう! 処分なさい!」
「いいわよ、着れるのだし!」
「いいえ! いけません!」
「勿体ないじゃない」
「一生に一度のことに何貧乏くさいこと言ってるの! この子は!」
「一度でなくて二度目です~」
「前回のは、なかったことにしなさい!」
「でも、勿体ないじゃない!」
母とギャースカ言い合いしていたら、ナディア義姉さまが、
「では、こうしたらいかがでしょう?」
と、ある提案をしてきた。
なんでも、ナディア義姉さまの国レステールのバレラ地方――お義姉さまの故郷には、ウェディングドレスをベッドカバーやカーテン、または子が生まれた時の衣装に仕立て直すのだという。
「ウェディング用の生地は肌触りのよい、良い物を使っていることが多いので、特に乳児服に適しているのです」
「アーデンは寄付したり譲ったりすることの方が多いわね」
と母。
そうなのよね。ケチのついたウェディングドレスなんて譲渡しようとしても誰も受け取らなさそうだし、寄付もどうよ? なんて考えて、しまいこんでしまったんだわ。
「確かに。そうした利用方法があるなら、そうしましょう! ステラ! そしてレノンとのお式には新しいドレスを新調なさい」
「……まあ、このドレスの利用価値を見いだせたし……」
私も賛同。
「では、このウェディングドレスはどうお仕立て直します? カーテンにでもいたしましょうか?」
とコニー。
「ベールはカーテンに良さげね。ドレスはベッドカバー……には生地が足りないから、テーブルクロスかしら?」
「我が家のテーブルは、そんなに小さくはありませんよ」
しばし沈黙。
ドレスの使い道がない……
「――あの、わたくしがいただいても構いません?」
ナディア義姉さまが挙手する。
「え、ええ。構いませんけど……」
「ありがとう、ステラ様。大切に利用させていただくわ」
私は義姉さまにドレスを渡す。
「でも、何にお使いになるんですか?」
「いずれ分かるわ」
私の問いかけにナディア義姉さまは「うふふ」と楽しげに笑った。
◇◇◇◇◇
それから私はレノンと結婚し、平和な毎日を過ごしていた頃。
クリフ兄さまとナディア義姉さまとの間に女の子の赤ちゃんが産まれた。
早速、私はレノンとともにお祝いに出向いた。
赤子はふさふさの黒髪で、ナディア義姉さま似でとっても可愛い。
いや、多分兄似でも可愛いとは思うけどね。
「赤ちゃんって不思議。お顔を見ているとどんなことでも許してしまいたくなるわ」
見るだけで分かるふわん、としたほっぺ。小さな手はきゅっ、握り拳をつくって。夢でも見ているのかな? チュッチュッと小さく音を鳴らして口を尖らせて、何かを吸っているみたい。
「可愛い! 可愛いわ!」
私、一目で魅了。デレデレしてしまう~!
私がこうなら、兄は見た瞬間に腰が砕けたんじゃないの!?
「抱っこなさいます?」
「――い、いいんですか!?」
「ステラ様にとっても姪っ子になるのですもの。是非、抱いてくださいな」
きゃああああん! きっと今の私の顔、思いっきりデレてる!
や、優しい! 義姉さま! ど素人の私にまで抱かせてくれるなんて!
私は侍女の腕の中で抱かれて、スヤスヤと寝息をたてている姪っ子を受け取る。
「きゃぁぁあああん! か、可愛い! 柔らかい! ちっちゃい!」
なんて大騒ぎしていたら「ステラ、寝てるから、シー」とレノンに注意を受けました。
はい、すいません。
(ああ、でも可愛い! 可愛いいいいいい!)
とデレデレ顔のまま姪っ子を眺めていたら、あることに気づいた。
「……あら?」
姪っ子の着ているベビー服……この薔薇飾りといい、生地の手触りといい……
「義姉さま、このベビー服……もしや」
――私のウェディングドレスでは?
「気づいた?」とナディア義姉さまは、コロコロと鈴の音のように笑う。
「お披露目用に仕立て直したのよ。だって極上の生地だもの、勿体ないでしょう?」
「……でも、曰く付きのドレスでお仕立てしちゃって大丈夫かしら?」
私、冷や汗。
大きくなった姪っ子も、結婚式で花婿に逃げられでもしたら――
顔を見て察したのか
「大丈夫よ。多分、殿方に花婿を連れ去られるというのは本当に希だから。――それに、ドレスには罪はないわ」
と言う。
「確かにそうですけれど……」
(薄々感じていたけれど……)
この他国からお嫁にやってきた令嬢ナディア様は――なかなか胆力がおありのようです。




