番外編:グライアス困惑
刊行記念の番外編です。
愛しいオズが心労で王都から離れ、療養することになった。
私達は生物学上で言えば男性。
だが性を越え、私達は心を通じ愛し合った。
自分が普通の貴族、または平民であったなら「ああ、そういう趣味ね」で済む話だが、王太子という身分故に「性の垣根を越えて愛しあっている」だけでは難しい問題が多々ある。
自分がオズを選んだために、他国の王女との婚約はお流れになるは「衆道を世間に知らしめおって!」と王である温厚な父をも激怒させた。
――それでも私は後悔などしない。
ただ、我が親友のエリソン侯爵の子息であるクリフの妹であるステラ嬢には悪いことをしてしまったと思っている。
何せ、幸せの絶頂である挙式に私は乱入し、オズを奪っていったのだから。
せめてものの罪滅ぼしにと頭を捻りに捻った案を提案したのだが、クリフやステラの怒りを買っただけでなく、オズにまで哀しまれてしまった。
――いや、仕方なかろう?
私は王太子で、この国をいずれ治める者。
後継者を生むことも義務の一つである。
オズを愛しているが、この義務はとうてい果たせない。
それで一度別れたんだったな……
『しかし、オズ。おまえとこのまま共にいたい。おまえだってそうであろう? なら、子を生める側妃を置くしかないのだ』
涙を流さぬよう堪えて揺れる緑の瞳に罪悪感を感じながら、私はそうオズの額に口づけを落とした。
その時、オズのただ哀しみに揺らいでいた瞳から強い光が生まれたのに気づいた。
それは今思えば、オズが希望を見いだした輝きだったのだろう。
『ならば、僕は女になります! そうしてアスの子を生みます!』
――いやぁ、本気で頭おかしくなったと思った。
その時は一笑したが、それからひたすら「僕が子を生めば問題ないのでしょう? なら生みます! 生んでみせます!」と訴えてくる。
目がマジ本気で「やばい、子を作らなくてはいけないプレッシャーで気がおかしくなったか?」
なんてさすがに慌てた。
王宮に出入りしていれば、否応なしに好奇の目に晒されて「いくら愛し合っておられても、後継者を生まねば殿下の立場がなかろう」と囁かれる。
その口さがない者達に苦しめられて、オズは精神的重圧に参ってしまったのだろう。
「すまん、オズを追い込んでしまったようだな……王都から離れて、心を落ち着かせてこい」
「ならば、キルトワが良いです。それかそこに近い場所で」
――キルトワ?
オズの口からその地名が出て、私は少々嫌な予感にかられた。
キルトワはエリソン侯爵が所領している土地で、王都から近いし治安もいいので保養地として人気だ。
侯爵から借地権を発行してもらい、定められた土地に別荘を建てている貴族も多い。
(確か、 彼奴も住んでいるはず……)
――レノンが。
レノンというのは、私の腹違いの弟だ。
私は彼奴が嫌いだ。態度からして彼奴も私のことを嫌っているのは分かっている。
亡き母は彼奴と彼奴の母を敵にしていたせいで、彼奴の母親が転落死した時に『王妃に殺された』と随分な風潮被害が広がったそうだ。
おそらく彼奴もその話を信じているのだろう。
私も、「奇跡の妙薬」を作り出せる彼奴の祖父ヒューには恨みがある。
母が大病に冒された時、薬を所望したそうだが断られたそうだ。
逆恨みもいいところだ。
そんな裏事情があるも心が疲れてしまったオズが、そこを保養地に希望しているのだから叶えてやらねばと思う。
ちょうど、オズの実家であるキャロウ侯爵の別荘があるというので、彼はしばらくそこで静養することになったのだ。
◇◇◇◇◇
それから私は、暇を見つけてはオズの様子を見に行っているが……
(……何か……おかしい)
目の前にいるオズを、上から下まで舐めるように見つめる。
そんな私の視線にオズはおもはゆいのか、ほのかに頬を染めて茶をいれてくれる。
(おかしいぞ……? おかしくないか?)
確かにオズは中性的な美しさが魅力の男性だ。
(そう、男性のはず)
そのはずなのに――今、目の前にいるのはどう見ても女性に見える。
女性的な部分があったが、腰や腕の太さはやはり男性のそれだったし、女性と並んだ時は「どんなに中性的でも男性だな」なんて思ったものだ。
しかし目の前にいるオズは、服の上から見ても腰がくびれている。
茶をいれる手が華奢でほっそりしている。
それに――
(なんだ!? この輝くばかりの美しさは!?)
しっとりとした、きめ細やかな白い肌。
長い睫に形良い唇。
顔から下に繋がる首はほっそりして――喉笛が見えない……?
「待て待て待て待て待て……! どうしたんだ私の目は!? 後継者問題をどう解決するかで悩みすぎておかしくなったのか!?」
「アス、どうしたの?」
気が動転した私をオズが慌てて抑える。
だが、握られた手にはいつもの強さがなくて、私はますます狼狽える。
「お、おまえ、オズだよな? オズワルトだよな? 実はオズのそっくりさんの女性、とか言わないよな?」
「えっ? 女性に見える?」
私の言葉にオズは、それは嬉しそうに答えてきた。
「僕は女性になるから。もう少し待っていて、アス」
オズの言葉に私は、今度は青ざめた。
(まずい……! オズがおかしくなってきている!)
そうだ、同性同士だと子は生めない。だからオズは「女性になる」と到底無理なことを言い出し、とうとう病んでしまったのだ!
(ああ! もっと早く王宮から離せばよかった!)
きっとキルトワにきて、無理なダイエットなんかしたのだろう。だからこんなに細いのだ。
「オズ、いいんだ。無茶はするな」
私はオズの、透き通るような手を握る。ほっそりとしてなめらかな手に私は、はからずも新しい胸のときめきを覚えた。
だが、うっとりしている場合ではない。痩せて女性に近づこうとした結果の産物だ。
いくら美しくても喜ぶことはできない。
「おまえが男だろうと、私にとって唯一無二の存在だ。だから無茶は止めろ。例え二人の間に子はできなくてもいいじゃないか!」
私の言葉に途端、オズの顔が浮かないものになった。
「でも……でも……僕は、アスの子が欲しい……」
「それは無理な話だ。納得してくれ」
そう説得する私からオズは俯いて、黙り込んでしまった。
「側妃の件は、もう少し後で良いと思う。まずはおまえとの仲を世間に認めてもらわねばならないからな。だから側妃のことは悩まなくていい。なっ?」
「――無理じゃない」
「はい?」
「無理じゃない、と言ったのです。僕――私は女性になります」
握り返してきたオズの手は、強い。だが、やはり今までとは比が違う。
しかし、熱さで思いが伝わってくる。
それは鬼気迫る熱意だ。
「アスはこの国を継ぐ王太子でありながら、男の僕を選んでくれた。だから僕だって覚悟を決めなくちゃいけない。だからこそ――女性となってみせます!」
顔を上げたオズは、眼光鋭く私を見つめ固い決意をみせつける。
って、ちょっと待てーーーーー!
(まずい、まずいぞ。完全にオズの様子がおかしい!)
生まれながらの性を変えるなんて、そんな無茶な。
いや、外見だけでも変える術はあるだろうが、どうやって子を生むんだ?
「オズ、いいか落ち着け。外見は変えることができるだろう。だが、子を生むのは無理なんだ」
「いいえ、やります。やり遂げます」
「いや、だから……」
「だから――お願いです! 側妃を娶るのは待って! どうか、私が完全に女になるのをまって!」
私は倒れ込むように泣き出したオズを抱きしめ、慰めることしかできなかった。
◇◇◇◇◇
とりあえずオズを泣き止むまで慰め王宮へ戻ってきた私は、オズの様子が思ったより衝撃だったらしい。
しばらく頭の中がうまく働かず、ぼんやりと過ごしてしまった。
(私が無茶を言ったのだろうか? 側妃がそんなにショックだったのだろうか? しかし、仕方のないことじゃないだろうか? 私が王太子を辞すれば他に王位を継ぐ者は――)
いた。レノンだ。
オズと同じキルトワという土地にいるではないか!
(まさか、あいつが愛しいオズに何か吹き込んだのか!?)
亡き母が嫉妬で彼奴の母を殺したという卑劣な嘘を流しただけでは飽きたらず、オズにもくだらない虚言でも吐いたのかも知れない。
『女性となってみせます!』という熱い決意は、もしやレノンに都合のいいことを吹き込まれて「女になれる」と思いこまされたのではなかろうか?
――ありえる。ありえるぞ。
そうして私はオズとレノンの接点を探すために、こっそりとオズが滞在している別荘へ向かったのだが、留守だった。
直感が働いた。
「おのれ! レノンめ!」
彼奴の居場所は分かっている。調査済みだ。
私は森の中馬で駆け抜ける。行く手を遮る枝や木の根など何の障害にもならぬ。
ただ馬が怪我でもしたら大変なので途中で降りたが。
そうして――
オズの気がおかしくなったという私の考えは間違っていたことに気づき、彼奴の才能の恐ろしさと、過去に私の母が起こした事件の真相はでたらめではなかったことを知った。
徐々に女性になっていくオズに、どう接して良いのか分からない。
だが、性が変わっても私の愛しいオズだ!
そう自分に言って聞かせるも目の前にいるオズは眩しくて、どうしていいか迷う。
あまりに美しくて、今までのように見つめることができない。
男性の時の彼もそれは美しい。だが女性のオズはどうだ?
(やべぇ……神だ。女神だ。美の女神だ)
王太子らしくいつものように接しているつもりだったが、オズには分かってしまったらしい。
女性でいる時間が長くなればなるほど、オズの笑顔が消えていった。
分かっている。
私の態度が原因だ。
女性として扱い愛せばそれでいいのに、お目にかかったことのない美しい女性が傍にいて動揺する気持ちが分かるだろうか?
そりゃあ、最初は「美女!」とウキウキしていたが「本当に私の妻になっていいのか?」とその美しさと自分が釣り合うか不安になってくる。
なのに――オズから目が離せない。傍にいないと誰かにさらわれてしまうのでは? と自信ありげな態度の裏では、いつも密かに恐怖に怯えていた。
それがちょっとした油断で表に出てしまうと、自分から離れているオズを見つけ、叱りつけてしまう。
そんな私にオズは、怒りもしないで哀しげに謝罪するだけ。
まったく情けない、これで王太子を名乗っているとはと自己嫌悪に陥る。
それに加えて幼少の頃、教育係に散々注意されたへそ曲がりな性格が甦っていた。
レノンに「事実を聞いた。すまん」と一言謝れば良いことなのに、どうしてもできない。
『王位に就く者はそう簡単に頭を下げてはいけない』とも教育をされてはいるが、この場合はさすがに過ちを認めるべきだと思うのに、素直になれない。
(そうだ! レノンに功績を持たせて、王宮薬術師として取り立てればいいじゃないか!)
王宮の筆頭になればいい。それこそが彼奴の誉れになるし一番の罪滅ぼしにならないか?
――すべて裏目に出たが。
その後、色々あったが我が異母弟レノンと和解。
心境の変化か、逞しくなったオズワルト――いまではオレーリアと良好である。
……しかし
(完全に女性になった方が精神が逞しいって、どういうことだ?)
「アス、ちょっと良いかしら?」
「あ、ああ」
「出産後の公務の話なの。医師から出産後はしばらく休息を取るよう指示があったのよ。出産後に入っていた公務取りやめできそうかしら?」
「もちろんだ! 産んだ後は体力も落ちると聞いている。秘書に調整するよう伝えよう!」
私の言葉に、大きくなったお腹を突き出して微笑むオレーリア。
現在、彼女の腹には私の子がすくすくと育っている。
生まれてからでないと性別は分からぬはずだが、場数を踏んできた産婆が腹の上から触れた感覚によれば、男児であるという。
経験を積んだ技というのは心眼をも生むものなのだろう。
(……そうだ、うん)
私はそっとオフィーリアの大きくなった腹を撫でると、もぞり、と中の子が動く。
「ふふ、お父様に触ってもらって嬉しいのね」
そう言う彼女の方が嬉しそうだ。
「そうだな」と私も微笑む。
果たして――
腹の中の子は、本当に男児なのだろうか?
もしかしたら魔法を加えた薬の効果で、男の女のどちらの性も行き来する――そんな子が生まれるのでは?
なんて私は未来に思いを馳せたりするのだった。




