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君を好きな理由

 キルトワにきたばかりの頃、僕は母の死を目の当たりにしたショックで、自分の殻に閉じこもってた。

 碌々、食事も取らないしで、祖父のヒュー師匠を困らせていたと思う。

 人が怖くなって、師匠の薬を頼りにやってきた患者から避けるように外に出て、ぼんやりと日々を過ごしていた。

 そんな僕に、君は突然話しかけてきたんだ。


『あなた、キルトワに住んでる子? そんなところに座って隠れんぼうでもしているの?』

 見た目からして上流貴族の女の子だと一目で分かった。

 だけど、僕がいたのは低木とぼうぼうに生えた草の中で、綺麗な服を着てるのにそんな場所にズカズカと入ってくることに女の子に驚いていた。

 君は僕をジッと見つめてこう言った。

『あなた、やせっぽちね。ちゃんとご飯食べてる?』

 僕が無言で首を横に振ると『ちょっと待ってね』とポシェットからクッキーの入った包み紙を出して『はい』と僕に渡した。

『子供のうちは沢山ご飯を食べて沢山遊ぶのよ。あなたガリガリじゃない! ちゃんと食べて』

『で、でも……』

『このクッキーはコニーの手作りなの! バターたっぷりで、とてもおいしいのよ!』

 ぐいぐいと押しつけて、なお僕が躊躇ってると君は包みを開けて一つ手に取ると

『はい、口を開けて』

 と促してきた。

 強引だな、と思いながらも君の表情が一生懸命だったから大人しくクッキーにパクついた。

『本当だ……美味しい』

『ね? どんどん食べて!』

 美味しくて、また一つ摘んで口に運んでいたら、くう、というお腹の音が聞こえた。

 それはステラのお腹の音で……顔を真っ赤にしてた。

『やっぱり、返すよ』

『い、いいの! 遠慮しないで。別荘に戻ればまだクッキーはあるんだから。それより、あなたは食べないといけないわ! そんな細いんじゃ倒れちゃうわよ? 私より小さいんだからたんと食べていいの』

 そう言った後、『そうだ!』と名案とばかりに大声で

『私のお屋敷にいきましょう? クッキーだけじゃなくてマフィンやパイもあるの』

そう言うと、僕を引き上げた。

 正直、ビックリした。

 だって、貴族のお嬢さんがこんな親しげに、安易に手を握ってくるんだから。

『だ、駄目だよ……僕は君と身分が違うし……』

『ガリガリのやせっぽちの小さい子が目の前にいたら、放っておけて? 私はできないわ。それに、身分が違うとかいうけど、何か言ってくる奴がいたら私に任せて! 貴方とはお友達っていうから!』


 そういって有無言わさずに連れて行かれて。


 ――君はエリソン家の令嬢だと知った。



 自分こそお腹を空かせてるのに、人にお菓子をあげるなんて。


「お人好しだな、と思った」

 それからしばらくして、僕がステラより年上だと分かったら顔を真っ青にして『私よりお兄さんなのにそんなに痩せてるの?』って言って、キルトワに滞在中、ずっと僕と師匠の家に食事を持ってきたよね。

「キルトワの領地に住む人々は、飢えに苦しむことはない土地だったからステラはビックリしたんだろうね」


 それから、僕はステラがキルトワにやってくるのを楽しみにするようになった。

 お菓子とか食事とか、そういうの? ――それもあったかな?

 でも、それは最初のうちだけ。


「会う度に惹かれていった……」


 ステラの、「自分より周囲の心配」をする姿勢は僕だけじゃない。

 コニーや兄であるクリフ様や、弟、両親、オズワルト。

 住民や友――まず、自分より人の気持ちを優先にする。


「自分の哀しみとか怒りとか、欲求とか――最低限にして、他の人の感情や欲求を最優先にしてしまう。それが当たり前で、それに対して君はなんの不満もないようで」


 ちょっと心配になったりもした。


(そんなことない……だって私、オズワルトととの結婚が駄目になって、すごく哀しかったもの)

 買いかぶり過ぎだ。

 私はそんな聖人じゃない。

 そうなのに、どうしてか嬉しくて胸が震えている。


 レインは、私を――?


「哀しいのに、コニーが泣くもんだから、泣くに泣けなかったんじゃない?」

(それは……だって、私まで泣くとコニーがますます泣くし……私のためにこれ以上、泣いてほしくなかったし……)

「オズワルトのことだって、普通だったら恨ん呪いの薬でも頼んでいいくらいだよ? なのに、彼をあっさり許しちゃうなんて、お人好しもいいところ」

(そ、それは……そりゃあ、悔しかったけど……女性になって殿下の子を産もうなんて決意見せられちゃったら、スゴいって許すしかないじゃない……)

「僕は、ステラらしいと思った。大きくなっても君の精神は大らかで優しくて素敵だとずっと愛してた」


 ボロボロ、と目から涙が溢れて止まらない。

 ずっと、ずっと私を、私だけをレノンは見ていてくれた。

 こんな近くに、私の内面まで見てくれている人がいたのに――私は鈍感だ。


(ごめんなさい、私……レノンの気持ちに全然気づけずにいて……初恋が実ったと浮かれて、結婚式の招待状まで送ってた……)

「それは僕も、自分の想いがステラに気付かれないように気をつけていたから」

 そうレノンは首を振る。

「そんな君が――自分の欲求だけで僕に『男性になる薬がほしい』と言ってきた。初めてだったから、ああやって自分の為だけにステラが何かを頼んだり、我が儘を言ってきたのは……だから僕は願いを叶えてやろう、と思ったんだ」


(……嫌ね、それで私に薬を? 普通は『なら僕と結婚しよう』とか求婚しない?)

 私は泣き笑いしながらちゃかす。


「当時の僕はステラとの恋は叶わない、絶対。と思っていた。……でも、違うんだ。告白をする勇気がなかったんだ。――今なら分かる」


 ――言って嫌われるとかステラの側にいられなくなるとか、色々いいわけして告白することから逃げてた。


「ステラが幸せに暮らしてくれるのが僕の幸せだから、とか格好つけて……でも、そう思うのを止めたんだ」

(……?)

 レノンの両手が私の顔を包む――そう、初めてキスをしたときのように。


「僕がステラを幸せにしたい。僕の力で貴女を幸せにしてみせる。元の姿に必ず戻してみせる。――だから、結婚してほしい」


 レノン……

 レノン……


 私は、涙でよく見えなくなっている文字盤を必死に叩く。

(狼だよ? もしかしたらずっと狼の姿かもしれないよ?)

「それでも、愛してる」

(なにもできないよ? 食事の用意もできないし、掃除だって。仕事の手伝いもできないのに?)

「分かってるよ」

(それでも、いいの?)

「僕が聞きたいのはそれじゃない――愛してる? 愛してない? 結婚してくれる? してくれない?」


「ファン!(愛してる)!」

 私は、全力で彼の頬に頬ずりする。


 レノンも私をしっかり抱きしめて、負けずに頬ずりを返してきた。

「フォン!(愛してる)フォン!(愛してる)」

 一生懸命叫んだ。


「――あっふぃて…………えっ?」


 本当に突然だった。

 狼の口から明確な人の言葉が出た。

「あ、あ、あ……あい、して……っ! 喋れる!?」

「ステラ……!」

 身体から離れたレノンが、驚きと喜びの混ざった顔で私を見つめる。


「――あっ!?」


 毛が、

 狼の毛が、抜けていく。


 最初パラパラと落ちていく毛が、バサッと一気に抜けていく。

 獣の前足だったのが人の腕になる。

 顔や身体がムズムズする。

 鼻がどんどん低くなっていく。


「わ、私……どうなってるの!?」

「ステラだ、ステラに、元の人の姿に戻ってきてる……!!」


 人間の姿に戻れる!

 だけど、急激な変化に私は座り込んで戸惑ったままだ。

 バサバサと落ちていく毛にオロオロしてる。


 そうして――自分から見てすっかり毛が抜けて、人の腕や太股お腹や胸をジッと見つめた。

「私だわ……、人間の私……」

 嬉しくてレノンを見つめると――顔が真っ赤だ。

 気付いて慌てて胸を隠す。

「裸! 裸! やっ……! 隠すの! 隠すのない!?」

「っ! 敷いてる布! 生地!」

 二人ワタワタと地面に敷いた布の上から降りて、レノンが急いでそれを私の身体に巻き付けた。


「はあ~……」

 二人同時安心したように息を吐く。

 それから

 目を合わせ、クスクスと笑い合った。


「一気に元に戻るとは思わなかった……!」

「自分でつくった薬なのに?」

「未知だよ、分かるわけない」


 ひとしきり笑い合うと、私はレノンにおねだりする。

 だって、人の姿に戻れたんだもの。

 この姿でもう一度告白してほしい。

「レノン、さっきのプロポーズ。もう一度お願い」

「いいよ」


 レノンはそういうと、再び私の頬を包む。

 彼の手の感触がとても気持ちがいい。

 レノンも私の頬に触れて、きっとそう思ってる。


「愛してる。僕の花嫁になってください」

「……はい」


 ゆっくり彼の顔が近づいて、唇が重なる。

 軽いキスを何度か繰り返し、額に一つ落とされる。

 そうして、私達は額と額をあわせて、この幸せに浸る。


 男になって沢山の女性達を幸せにしてみせる! と頑張った。

 だけど、予想外の事件が起きて結局女に戻ってしまった。


 ――それでも、残念だな、と思うことがちっともない。





 一人の人に愛される幸せと喜びと

 自分が本当に愛してる相手を見つけたからかな。





次がエピローグ

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