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あれからどうなったの?(1)

 ……

 …………

 ………………


 ………………う~ん……

 私、伸び。


(よく寝た~)

 首凝ってる。

 コキコキと首を回し、また欠伸。


 何だか、すごくよく眠った気がする。

(頭、まだボンヤリしてる……)

 ぼう、としたまま私は覚束ない足取りで歩く。

 どうしてか私の足は分かってるように、ある場所へ進んでいく。

 それはいつもの当たり前の行動であることを、私は漠然と知っていた。


「ステラ、おはよう。起きた?」

 ボーッとした頭と目でレノンを見上げた。


「ヘッヘッ」

 おはよう、と言ったはずなのに息遣いしかでなくて私、ビックリ!

「今日もご機嫌だね、ステラは。すぐにご飯にするから待ってて」

 レノンは気にするどころか当たり前のように、そう私に笑顔を見せて台所に行ってしまった。


(えっ? えっ?)

 どういうこと?

 どうして私、レノンといるの?

 というか、平然としてない?

 確か、レノンから獣になる薬を奪ってそれを飲み干して――


 恐る恐る、顔に手を当て、擦ってみる。

 毛がフッサフサ……

 鼻が出過ぎ……

 口が大きい……それに、牙がある……


(えっ? えっ?)

 慌てて両手で顔を擦り、それから胸へ移動。

 人の肌じゃなくて――毛が! フサフサの毛が! モジャモジャと!


 やっと気付いた。

 私の手!?

 獣の――犬だか、そんな四つ足だ!


(私、獣の薬で何かの動物になっちゃったんだ!)

 私、ダッシュで鏡を探す――けど、どこを探しても鏡は見あたらない。

 ここの部屋、見たことがある。レノンの家だ。

 レノン家じゃ、鏡なんてないわ……


 私、今どんな姿になってるの?

 どうしてレノンの家にいるの?

 あれからどうなったの?


「フォーン……!」


 泣いても声にならなくて、狼の遠吠えのようになってしまう。

 フォンフォン、と泣いていたらレノンがやってきた。


「ステラ? どうしたの? なんかあった?」

 しゃがんで私の頭を撫でる。

 その撫で方は、やっぱり獣を可愛がる触れ方だ。

(いったい私の身体、どうなっちゃたの?)

(教えて! レノン!)


「お腹すいた? もうできたから席について待っててよ」

(ちがーう!!)

 声に出そうも人間の言葉が出ない。唸り声とか勝手に舌がでて「へっへ」とか言うばかり。

(レノーン! 気付いてよー!)

「はい、ご飯」

 気付いていないレノンは、平皿に盛った食事を私の目の前に置いた。

 ――幸い、ご飯はテーブルの上に置いてくれた。

 彼の様子だと、いつものことらしい。こうして人と同じようにテーブルに食事を置いてくれているのかな?

 私は、椅子にちょこんと上手に四つ足で座る。

(私、慣れてる……)

 対面にレノンが座り、「いただきます」と言って私に微笑む。

「ゥオン」と鳴いて当たり前のように皿に顔をくっつけて、がっつく。


(って、ちがーう!)


 ガバッと皿から顔を起こして、レノンに懸命に訴える。

「……ッ! フッ! ゥウ……! ガゥ……!」

「ステラ……? どうしたの? ご飯気にくわない?」

(そうじゃなーい!)

「フォ……ッ! フォ! ォォオ……!」

 どうしたら分かってくれるの?

 口から出るのが獣語なら――

(そうだ! 文字、文字なら?)


 私は椅子から飛び降りるとレノンに近寄り、彼の服に噛みついて引っ張る。

「……?」

 レノンも何か感じたらしい。

 私の誘導に、大人しくついて行く。

 テーブルのペン立てを前足で倒そうとする私を「駄目だよ」と後ろから私を抱っこする。

「ガゥ! ガゥ……!」

 止めようとするレノンを振り切って、私はテーブルに半身を乗りペンを取る――というかパクつく。

 軸に噛みついてペン先をテーブルに当てて、ガリガリと字を書いた。

 ……書こうとしたけど、うまく書けない。


「ステラ……? もしかして……意識が……?」





 大きな板で、レノンが急いで文字盤を作ってくれた。

「本当に、ステラ? ステラの意識が戻ったの?」

 私はトントン、と前足で言葉の綴りを押していく。

『うん』

「本当なんだね?」

『貴方はレノン、そして私はステラ。でも、どうして私、ここにいるの? 王宮にいたんじゃないの?』

 文字盤に書かれたスペルを叩いていく私を見て、レノンの顔が一気に華やぐ。

「ステラ……! ステラに戻ったんだね……! 良かった!」

 ギュッと彼に抱きしめられる。


 変ね、これが初めてじゃないような安心感がある。

 私は人の時のように、「よしよし」とレノンの背中を擦った。


◇◇◇◇◇


 あれから――もう一年経ってるんだ。

 そう、レノンは言った。




 一気に飲み干したあと後、スチュワート――ステラの身体は、瞬く間に変化を遂げた。

 それは、周囲に衝撃と驚異にそして――震撼させた。

 それはそうだろう。

 ステラがいきなり四つん這いになり、ザワザワと長い体毛が生えて着ていた服が破ける。

 薬の効果も入っていたが精美という言葉が相応しい顔が鼻から盛り上がり、顔にも毛が覆い、歯がむき出しになる。

 皆、言葉を失っていた。


 大きな狼の姿になったステラの姿を見て。


「ガ、グゥルル……」

 狼となったステラは、人としての記憶も理性も無くしたように見えた。

 血走った眼で、そこにいる人全てを睨みつける。

 ――まるで血に飢えているようだ。


(これは、危険だ)


 皆、一目見て思ったのだ。ザッ、と素早く狼から離れる。

「おのれ!」

 グライアスの叔父達が勇敢にも腰から剣を抜き、狼に刃先を向ける。

「止めてくれ!」

 そう叫んだのはレノンだった。

「狼の姿になっても、ステラだ!」

 そう、狼に抱きつく。

「危ないぞ! レノン!」

 王が逃げるようレノンの身体を引いたが、彼は離れなかった。


「ガッ! ガウッ! グルルル!」

 狼はその躍動する筋肉と鋭い歯を使って、レノンを痛めつけようとする。

「ステラ! 僕だ! レノンだ!」

 女性になっているレノンにとって、狼を抑えるのは難しいことだ。

 それでも――レノンは必死に狼になったステラを抑えようと、全身を使って抱き込む。

「僕をかみ殺してもいい! 僕の責任だ! だけど、僕以外の人間を襲わないでくれ! ただの獣に成り下がらないでくれ!」

「グウウウウッ!!」

「――!?」

 飢えた狼の口がレノンの腕に噛みつく。


「レノン!!」

 それを見た瞬間に飛び出してきたのは――グライアスだった。

 剣を片手に走り寄ってきた彼に、レノンは声を上げ、阻止する。

「駄目だ! ステラを切らないでくれ!」

「このままだと腕を持って行かれるぞ!」

「それでも駄目だ! 野生の本能に従っているだけ……っあ!」

 鋭利という狼の歯がレノンの腕にさらに深く食い込む――血が瞬く間にワンピースの袖を染めていく。


「いかん!」

 王が反対側から狼の口をこじ開けようとするが、逆らってますます噛む力に力が入っていく。


 どうしてレノンの話をきちんと聞いてやらなかったのか?

 昨夜のレノンはおかしかった。

 久しぶりに会えた嬉しさに、息子の内に秘めた憂いに気づけなかった。

 一泡吹かせてやろうという息子の言葉に、『お前が心配することはない。私に任せろ』と軽く流してしまった。

 そこで真剣に聞いていれば、こんなことにならなかっただろうに。


「くそっ……!」

 グライアスは剣を投げて、王と同じようにステラの口をこじ開けようとする。

「この……! 腕から口を離せ! 私が悪かったから……! 私の腕に食いつけ! レノンの腕を持って行くな!」


「……グライアス」

 どうして助けようと?

 だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 痛みで気が遠くなりそうだ。

 その前に、どうにかしてステラを大人しくさせなくては。

「ステラ……大丈夫だから。絶対、必ず元の姿に戻してみせる。……たとえできなくても僕は君のそばにずっといる……。好きだから、どんな姿でいても僕は君が好きなんだ……」


 レノンが痛みを堪えながら、穏やかな声で狼のステラに話しかける。

 鋭い焦げ茶の瞳が、この状況に怯えて攻撃してしまったと訴えている。

「大丈夫だから……。僕がステラを守るから……だから、落ち着いて……」

 ほんの一握りでも、ステラの意識が残っているなら――どうか、聞き分けてくれ。

 レノンは、噛まれていないもう一つの腕でステラの背中を擦る。


「……!?」

 腕に噛みつく口の力が急速に弱くなり、グライアスも手を離した。

 腕からゆっくりと口が離れた。

「クゥ……」

 とまるで「ごめんなさい」と言っているようにレノンに向かって、弱々しく鳴く。

 剣呑な形を作っていた瞳からはもう、怯えもなくただ親しげな光をレノンに見せていた。


「……良かった。もう、大丈夫……」


 そこでレノンは気を失った。





水曜日完結予定です。

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