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駄目、レノン!(2)

「その紅茶! 飲まないで!!」


 私はカーテンを開けて、会に乱入する。

 驚愕した瞳が一斉にこちらに向けられた。

「スチュワートじゃないか!」

 殿下が椅子から立ち上がり、嬉しそうに近寄ろうとしたがオレーリアに背広を掴まれ阻止された。


「おい! 不審者だ! 兵はどうした!?」

 殿下の叔父達が騒ぐ。

 私は、二人の騒ぎで兵士がやってくる前に、その侍女に近づいてポットを奪う。

「レノン……! 駄目!!」

 その侍女は印象的な蒼い瞳を見開き、口を震わせながら私を見つめる。

「貴様! 何者だ!」

「いや、彼はエリソン家の親戚筋のスチュワートというものですよ、叔父上達」

 と殿下はこの状況にも関わらず、呑気に説明してくれる。


「――くっ!」

 私は逃げようとする侍女――レノンの腕をしかと握り、離さないでいる。

 良かった男女逆転になっていて。

「殿下!」

 私は彼を睨みつける。

「殿下は、血の繋がりのある弟になんて物を作らせるんです? それがどんな恐ろしいものだと分かっておいでですか?」

 私の言葉に、殿下の締まりのない顔が急に真顔になる。

 そして隣のオレーリアに怒鳴りつけた。

「オレーリア! 喋ったな?」

「……殿下の行いを止めるためです!」

 泣くと思ったオレーリアが逆に食ってかかったのに、殿下は後込みしたのか口を閉じた。


「……レノンに何を作らせた?」

 代わり今まで黙っていた王が、口を開いた。

 その声音は酷く低く、怒りを抑えているものだと容易に分かるものだ。

「グライアス!! 言いなさい!!」

 怒号が部屋中に響いた。

 おそらく殿下自身、ここまで父に怒鳴られたことがないのだろう。

 かなり驚いた様子で父である王を凝視していた。

「――国王、わたしめが代わりに」

 と胸に手を当てて恭しくしゃしゃり出てきたのは、殿下の叔父達だ。

 だが、それも一喝されてしまう。

「黙れ! 私はグライアスに聞いておるのだ! かばうのではない!!」

 彼らも、王の怒りに触れたことなどなかったのかもしれない。

 肩を揺らしながら黙る。


「グライアス!」

 再度問われ、殿下はようやく、渋々と答える。

「軍事用の薬です」

「どのような薬だ?」

「……」

「グライアス」

「……兵器になるような獣に身を変えることができる薬です」


「……なっ!」

 言葉が出なかったらしい。王は驚いた表情のまま殿下と女性化してるレノンを交互に見る。

 そして

「……レノンが言ったことは本当だったのか」

と呟いた。


 それも少しの間で、再び王の怒号が出る。

「人を獣に? 馬鹿者! そのような兵器などいらんわ! それに人を獣に変えるなどと……! 獣になる者のことをどう考えているのだ!」

「刑に処されている者を中心に……刑を軽くする条件で行おうと。それと志願者です」

「獣になったままだったら? どうするつもりなのだ? お前はそこまでして近郊の国と摩擦を起こしたいのか?」

「大丈夫です。獣なったらそのまま人に戻らない、ということはありません」

「その根拠は?」

「それは……」と、殿下はオレーリアに視線を移す。

 その様子に王は訝しげに眉を寄せた。

「……先に証明されているわけか」

 オレーリアの正体が分かったのだろう。

 オレーリアは、殿下から離れると弱々しく椅子に座った。

「何度も服用しなければ、ずっと獣のままにはなりません。父上! このような薬をつくれる薬術師を野に放ったままでは惜しいじゃありませんか!? 王宮で存分にその能力を発揮してもらうんですよ!」

「ずっとそのような薬を作らせるつもりか? 薬術師というものは本来、そのような物をつくるための存在ではないわ――ましてや、強制などもってのほか」

「強制など……!」


「強制より、脅しだろう?」

 今まで黙っていたレノンが口を開いた。

「部下と一緒にキルトワまでやってきて、わざわざ部屋まで滅茶苦茶にしてくれて依頼物を持ち去ってくれたよね?」

 レノンの言葉に、王はますます眉尻をあげ、殿下を睨みつけた。

「グライアス……お前の今の立場を見直さねばならぬ」

 王が苦々しく言い放った。


「王よ、お待ちください」

 我慢ならないと、殿下の叔父達が前に出る。

「本当に王は『獣になる薬』が存在するとお思いか?」

「そうですとも! そのような奇怪な薬、いくら魔力を注げる薬術師だからと、今まで聞いたこともみたこともありません。そんな薬を殿下が本気にするとお思いですか?」

「もしかしたら、そこにいる女はレノンにそそのかされて毒を盛りにきたのでは?」

「自分はレノンだというように喋りましたが、ただの気狂いやもしれませぬ」

 叔父の二人は調子づいて交互に話してくる。


 殿下も一緒になって頷いて腹が立ってくる。

(全く……! さっきまでショボンとしてたのに……! 活気づいちゃったじゃない!)

「その女を捕らえよ!」

 殿下が一声をあげた。


「――獣になると証明すれば良いんだろう?」

 レノンが憎悪を含んだ声で言った。


 一度置いたポットを手に取るとレノンは「逃げて」と私に言うと優しく手を払いのける。

「レノン……」

 そう呟く私に微笑むと、自分に眼差しを向けている王や殿下、叔父達にオレーリア。そして影の薄いオレーリアの義両親に身体を向ける。

「ただし、僕が姿を変えたあとはこの場がどうなるのか保証などない。――誰が一番先に犠牲になるのか、心当たりのある者は覚悟しておくんだね」

 一気にその場が凍った。

 真っ先に後ろへ下がったのは、殿下と叔父達だ。

「止めて、レノン。リスクが高すぎる」

私は彼の腕を掴み止めようとしたが、振り払われた。

レノンは、もう私を見ない。

綺麗な蒼の瞳は濁って誰も映していない。

「自分自身、犠牲にするつもりで僕はここにきた。どうだっていい、母の無念と僕の怒りを晴らすために――人を変える薬の恐ろしさとともこいつらに思い知らせてやる」


「――駄目よ、レノン!!」


 そんな顔しないで。

 そんな憎悪と怒りと哀しみが混じった顔で、そんなことしないで。


 私が代わりに証明するから。

 その薬の恐ろしさを――


 咄嗟だった。

 ただ、レノンにこれ以上辛い思いをして欲しくなかっただけ。


 私は、ポットを取り上げて一気にそれを飲み干した――









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