駄目、レノン!(1)
それから、あっという間に昼も過ぎる。
皆、昨夜の宴の余韻もなく、いつもの厳かでありながら活力ある王宮内に戻る。
その一角の貴賓室で小規模な昼食会が行われようとしていた。
グライアス殿下の婚約者となったオレーリアを、親族に紹介する名目で開かれる。
出席するのは
グライアス王太子殿下の父である、国王
グライアス本人
オレーリア
そしてオレーリア義理の両親だ。
彼女の両親はキャロウ侯爵だが、さすがに出席するわけにはいかない。
オレーリアとなったオズワルトは、親戚の養女になったのだ。
そして、グライアスの亡き母妃の親戚二名である。
出席している親戚というのは――母妃の兄、それと弟である。
国の軍事関係を一気に引き受けている。
元々、軍人気質の家系で、この一族がいなかったらとうに国は滅んでいただおろうと言われるほど、剛の者達や戦術に長けている者が多い。
どちらかというとグライアスは、気質といい体格といい、母の家系の血筋を濃く受け継いでいる。
グライアス自身、気が合うのか叔父達とよく一緒にいる。
そして叔父達も、この甥っ子を可愛がっていた。
可愛がる――といっても猫可愛がりに近く、父である王も頭を痛めている問題だ。
幸い、次世代の王となるグライアスの臣下となる貴族達は優秀で、公明正大な者が多い。
彼らがグライアスの手綱を、しっかり握ってくれるだろうと王は安心している。
◇◇◇◇◇
「ゼリー系の菓子は全部下げさせた。それに紅茶もこの場でいれてもらう。安心しろ、オレーリア」
グライアスはすぐ隣で、不安な眼差しを向けているオレーリアに力強く言葉を続ける。
「ひ弱な奴には、口に含むものに毒をいれることしかできないだろう。だが、料理人にも侍女にも少しでも妙だと感じた食材や調理されたものは、破棄するよう通達してある。勿論、毒味もさせている。いっさいおかしなものはなかったそうだ」
「そうですか……」
そう、笑ってみせるもののオレーリアの顔色は優れないままだ。
「レノンも、朝になって早々に王宮から出たようだぞ? 父がそう言っていた」
「……アス、あの『薬』のこと、本気なの?」
オレーリアの顔色が優れない理由の、一番の理由はそれだ。
それに気づき、グライアスは「当たり前だ」と揚々と頷く。
「今よりも強国になるにはそれが一番手っ取り早い。周辺の国が恐れをなして、我が国に戦を仕掛ける気など起こさせないほどの兵器が必要だ」
「そのために、レノン様を脅して、そしてその薬をつかって周辺の国を攻めるの? せっかく平和でいるのに……」
「今の平和など脆いものだ。均衡がどちらかに偏ったらすぐに戦が始まる。――なら、向こうに偏る前にこちらから先手を打つべきだろう?」
「話し合いで解決できないの?」
「叔父達の見解だ。私はそれは正しいと思っている」
「でも――」
「昨夜、レノンが来ても薬を持ってこなかったということは、まだできていないのか、出し惜しみしてるのかもしれん。近々兄弟のよしみで会いに行って催促してくるか」
もう、その話はおしまい、というようにグライアスはオレーリアの話を遮った。
さあ、とグライアスがオレーリアに手を差し伸べる。
オレーリアは心の内で一つ溜め息を吐くと、彼の手を取った。
◇◇◇◇◇
貴賓室には王以外、全員揃っていて二人が入ると椅子から立ち上がり拍手で出迎えてくれた。
「ようやく決まったな、おめでとう!グライアス」
「レステール国の王女との婚約破棄にはヒヤリとしたぞ?」
叔父達が揃って口にする。
「心配かけたな」
と、グライアスは王太子らしく振る舞う。
「しかも、こんな美しい令嬢が我が国にいたとは……一体どこに隠れていたのか」
叔父達がオレーリアに握手を求めてきたので、彼女も笑顔でそれに応じる。
和気藹々とした中、ようやく王が入ってきた。
「さっそく打ち解けたようだね? オレーリア」
皆が頭を下げる中、王がオレーリアに声をかける。
「はい……皆様、とても気さくな方たちばかりで……」
「これからよろしく頼む。グライアスをしっかりと導いておくれ」
「若輩ものの私が、役割をこなせるかどうか分かりませんが、精一杯つとめさせていただきます」
「不安があったらグライアスとよく相談しなさい……」
私にはできなかったことだったが、と王の溜め息混じりの言葉は誰の耳にも届かずに消えた。
穏やかに進む昼食会。
(……今のところ、大丈夫みたいね)
私、ステラことスチュワートは――ただ今、この昼食会を覗き見中。
使用する部屋は事前決まっていたから、オレーリアに連れてきてもらった。
――ただ、テーブルと椅子しか置いてなくて隠れる場所がない!
これ、どうしたら……?
悩んでいたらオレーリアがちょんちょん、と指さす場所――そこは閉められたカーテンの先。
そこには、侍女や使用人達が待機する小さな部屋がある。
入ると、狭いながらも様々な食器が揃った棚が設置されており、いざとなったら廊下に出られる扉もちゃんとあった。
(ここなら……)
と、私、カーテンの隙間からしっかりと朝食会の様子を見張ってるわけ。
勿論、目的はレノンを止めるためだ。
王宮からキルトワに帰った、とか聞いたけど嘘だと私の勘がいっていた。
念の為に兄に門を見張ってもらって、レノンがいたら捕まえてもらうよう頼んだ。
私はコニーと一緒に王宮内を探したが、虱潰しに探すのは、なんとも手間だし、難しい。
なら、ここでレノンを捕まえるか。
それか、怪しい菓子や料理を口にしないように事前に止めるしかない。
私にできるかどうか分からないけれど……
(やるしかない……)
カチャ、と待機部屋の扉が開いて、私は肩を引きつらせてソロソロと後ろを振り返る。
「あの……?」
侍女が一人、ワゴンを押して入ってきた。
向こうもまさか人がいるとは思わなかったのだろう。不躾にジロジロと見つめてくる。
「あ、お気になさらずに。護衛です護衛」
と、声を落としつつ「シー」と人差し指を立てる。
今が男性の姿で良かった。
侍女は、ポッと頬を赤らめてはにかむ。
「さようですか。すいませんが、ここでお支度をさせていただきます」
と侍女はワゴンごと室内に入ってきた。
そして、黙々と食器棚からいかにも高級な皿を出してワゴンに置いていく。
長く勤めているのかな? 手際がいい。
「貴女は勤めて長いの?」
「は、はい……」
侍女はちらりとこちらを見て、また作業に没頭する。
仄かに頬が染まっているのが分かる。
「昨夜から王宮内に見慣れない男性を見かけた、とかいう情報はないかな?」
事前、護衛と話してるので、こんなきな臭いことを聞いても怪しまれないだろう。
「昨夜は舞踏会でしたから……顔を存じ上げないお方も多くいらっしゃいましたし……。使用人や侍女も増員しましたので。私より警護にあたっていた騎士様達にお尋ねになったほうがよろしいかと……」
「そうだね、ありがとう。仕事中悪かったよ」
彼女にそう礼を言ったあと、「はっ」と気付く。
「使用人や侍女も増員……? それは昨日から?」
「はい。というか宴がある日は、準備や後片付けのために前日か当日に人手を増やすんです」
「……それは、身元がきちんとしている者とか確認の上だよね?」
「そう、侍女頭から伺っておりますそうです」と侍女が答えて、下りているカーテン越しに貴賓室に視線を向けた。
「今も、新しくきた侍女の一人が先にお茶をいれていますよ?」
「――!?」
私は驚きつつ、慎重にカーテンの向こうを覗き見する。
そこには、まだおろしたての紺のエプロンドレスを着た侍女が茶を入れている。
黒髪をひっつめて、ホワイトブリムをつけた王宮の侍女の通常の格好だ。
清楚で美人な侍女に、殿下と彼の叔父達の視線が集中している。
(……狙われてる)
呆れながら私は、その新しく来た侍女の顔をジッと見つめた。
というのも、誰かに似ていると思ったからだ。
(誰だろう……?)
黒髪は光る絹糸のように艶やかで、瞳は綺麗な蒼。
顔立ちも整っていて、遠目から見ても彼女の目鼻立ちの良さがわかる。
(こんな美人の知り合い、オズワルトくらいしか……)
――オズワルト……!?
「……あっ!?」
分かった。
その知り合いの誰かを。
薬を飲んだの!?――レノン?




