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オズワルトの告白

 夜通しの華やかな宴の会は終わった。


 眠い目を擦りながら馬車に乗り込み、帰路につく者。

 王宮内にあてられた部屋で一時の眠りにつく者――様々だ。


 夜会や舞踏会の次の日は、活動するのは大抵昼間以降と決まっている。

 それでも、動くのは使用人や兵士など下働きの者が中心で宴に参加した者達は夕方までベッドの中、なんていうのが大体だった。


◇◇◇◇◇


 眩しい日の光が、生い茂る木々の濃葉の影を消す勢いで降り注いでいる。

 一人の令嬢が、庭の芝にできた光の道に誘われるように王宮のバルコニーから出てきた。

 締め付けのない身軽なシュミーズドレスに、柔らかな布靴。

 プラチナブロンドの髪は緩やかに肩に落ちる。

 その姿は日の光に当てられて、キラキラと髪が光りまるで生まれたての妖精のようだ。

 皆、まだ寝静まっている午前の庭に一人。

 いつものように活気に溢れた王宮内だったら、きっと彼女の姿を見た皆々が呼吸を忘れ魅入るだろう。


 彼女も、いつもなら一人で行動などしない。

 この姿でいる時間が長くなって、愛しい人が彼女が一人で出歩くことを禁じた為だ。

 おかしな話――オレーリアは思う。

 女性になる時間が延びれば延びるほど、グライアスの自分に対する態度は硬化し、素っ気なくなっていくのに束縛は酷くなる一方だ。

 自分はどんな姿になっても、彼のことを愛してる。

 だけど、彼は自分に対してはそう思っていなかったようだ。


 それは、オレーリアに陰を落としていた。


 今までこうして庭に出て散策するのも知れたら、彼に烈火のごとく叱られるだろう。

 でも、何でもかんでも彼の指示に従うのもいい加減ストレスを感じていた。

(少しくらい反抗したっていい)

 そう思えるようになったのは、昨夜の舞踏会――スチュワートの提案でだ。

 どんなことがあろうとも、彼は愛されている自信がある。

 それは違う見方でいったら傲慢そのもだ。

 無茶な要求や、自分勝手な命令には自身を殺さずに逆らってもいい。

 実際逆らってスチュワートにエスコートされた後、叱られたが彼も少し反省してくれた。


 少しは自由でいたっていい。

 オレーリアはそう思って、こうして一人散策をしているのだ。

 もちろん、遠くにはいかないし。こうして人の少ない時間帯を選んだ。


(日が高くなってきた)

 オレーリアは、梢の間から空を仰ぐともと来た道を引き返す。

 昼の軽食にはまだ時間があるが、支度をしなくはいけない。

 女性になって、男性より支度に時間がかかるが洒落込むのは楽しい。嬉しくて仕方なかった。

 やはり自分は、女性よりの性だったのかも知れない。


「……?」

 引き返す道の先、誰かが待ちかまえている。

「アス?」と馴染みの呼び名を口にしたが、近づいていくと愛しい彼ではないことに気付く。

「スチュワート、さま……?」

 昨夜、会ったばかりのエリソン家の遠縁の彼だった。


◇◇◇◇◇


 私は、スチュワートの姿でオレーリア――オズワルトと向かいあった。

(もう、彼に聞き出すしかない)

 彼は知っている。私よりも。その事情に。

 情報源は殿下だろう。

 中心にいる人物と近しい間柄から聞いた方がいい。

 どうにかして口を割ってもらわないと。


 そのためには――私は決意した。



「おはようございます、オレーリア様」

「おはようございます……こんな場所で奇遇ですこと」

 女性らしい笑みを形作る、オズワルト。

 私は、軽く唾を飲み込み言った。


「お話があります。オズワルト・・・・・様」


 びく、とオレーリアの肩が揺れた。動揺しているのが分かる。

 仄かな薔薇色に色づいていた頬が、たちまち土気色に変色したからだ。

「あの……、お人違いでは……? 確かにオズワルト様とは親戚筋ですけれど……私、女性ですし……」

 震える声を必死に隠し、反論してくる。

 私はずい、と彼女に近づき囁いた。

「私に、お隠しにならなくても大丈夫。私達、同類同士ですから」

「……そ、それは? 一体、ど、どういう意味でしょうか……?」

 私はオレーリアの警戒を解くように親しげに笑いかける。

 でも――私の脳内では必死だ。

(早く、彼から情報を聞き出さないと)


「私、ステラです。私も、レノンから薬を作ってもらったんですよ? あなたと同じように」

 オレーリアはあんぐりと口を開けて、食い入るように私を見つめてきた。

「……嘘」

 ようやく吐いた台詞がこれだった。

「薬の効能が切れて、この姿からステラの姿に戻るところを見れば納得してくれると思うけど。――そんなに待てないの」

 ステラだと白状してしまったら途端、女性言葉に戻ってしまった。

 でも、そんなこと気にしていられない。

「オズワルトでいるとき、私に『レノンを止めて』とお願いしてきたわよね? それはどうして?」

「それは……」

 オズワルトであるオレーリアは、まだ私がステラであることに疑いをもっているようで、口を噤む。

仕方ない、と私。

 

 一個だけ持ってきた薬を彼女の前に見せる。

 それを見たオレーリアは、目を大きく開く。

「私のは男性になる薬だから、この琥珀糖に入っている中の薬の色は青。あなたの薬の色は赤でしょ? そして、いざという時の為に元の性に戻る薬ももらってる」

「……」

「実は私、あなたが『もっと早く女性になれるようにしてください』と頼みにレノンの家を訪ねにきたとき、その場にいたのよ」

「――ど、どこに?」

「レノンの寝室になっている屋根裏部屋に隠れていたの。だって、鉢合わせっていろいろまずいじゃない? 特に私達は……」

 オレーリアの顔色は、蒼白から白くなっていく。

 そして

「……本当にステラ、なの……?」

と疑わしそうに聞いてくる。

「ええ」と私。

「どうして、男に……?」

 と聞いて、気付いたように目を伏せた。

「ごめん……私と殿下のせいね……」

「それはもういいわ。――それより」

 私は、オレーリアに迫る。

「殿下から何を聞いてるの? それがどうレノンと関係するの? 教えて」


「――こっちへ」

 オレーリアは、庭の木陰に私を誘う。

「ステラ、あなた警戒心なさ過ぎよ。いつ人が通るか分からない場所で告白するなんて」

「こっちは焦ってるのよ。あなたがきちんと教えてくれないから」

 オレーリアの責めるような言い方に、私も強めに言い返す。

 だけど、お互いにそんなこと気にしていない、というか気にしてる場合じゃない、と分かっていた。


「レノン様と会えたの?」

 彼女の問いに私は頷く。

「だけど、肝心なことは聞けなかったのよ。彼がいる宮は私はそうそう入れる場所じゃないから、また聞きにいけないし」

「……彼が王宮からでるのを待つしかないかしら?」

 私は首を横に振った。

「それじゃあ、遅いかもしれない……。オレーリア、あなた宛にレノンから薬届いてない?」

「いいえ」とオレーリアは首を振りつつ

「でも、キルトワの貸別荘に届いてるかもしれない……私が完全に女性になるまで、そこに住むことにしているし、今までもそうやって届けられたから……」

と答えた。

「私、昨夜もらったのよ。見てみたら完全に男性になるだろうと言われた日数分」

「……えっ?」とオレーリアの顔が怪しげに歪んだ。

 オレーリアだってレノンのきめ細かい対応を知っている。

 いつも身体の状態を見て、それから薬を作ってくれていた。

 なのに――いきなり、そんなまとめて薬を渡すなんておかしいと彼女も分かったみたいだ。


 しばらく沈黙があった。

 緊迫感のある、いやな沈黙だ。

「……近く、何か行動を起こすつもり?」

「そうとっても良いと思うの」

 オレーリアは、はぁ、と口を押さえながら深い息を吐き出す。

「……行動を起こすとしたら、一番近い日は今日だわ……」


「――っ!?」



 私は大声を出しそうになって、慌てて自分で口を塞ぐ。

「これから遅い昼食会があるの……殿下が私を、正式に王や親族達に紹介するという名目なんだけど」

「そうなの?」

「舞踏会や夜会の後の方が親族とか集まりやすいでしょ? だから、今日にセッティングしたと殿下がおっしゃっていたわ」

「……そこにレノンお招待されている……? わけないか」

 すぐにオレーリアが首を横に振ったので分かった。


 ――もしかして、と私は尋ねる。

「亡き王妃様の親戚側も招待を受けてるのかしら?」

「ええ、勿論よ。殿下の親戚だし……」

 そこまで言ってオレーリアも顔色を青くした。


「ねえ、オズ……じゃなくてオレーリア。教えて! 殿下は何を知ってるの? あなたは何を聞いたの?」

 早くレノンを止めないと!

 私は彼女の肩を掴み頼み込んだ。

 確信のためにオレーリアが聞いた全てを知らなくちゃいけない。

 彼女は最悪の場面を想像して顔が真っ青だ。

 そう、彼女は知ってる。だからこうも顔色を悪くして震えているんだ。


 オレーリアは震える口を懸命に開き、告白してくれた。

「……殿下は、レノン様に軍事兵器として人を獣に変える薬をつくるように……と」

「……!?」


 私は両手で口を塞いだ。

 胸がバクバクしてる。叩きつけられて痛みを感じるほどだ。

「……なんてことを殿下は要求してるの?」

 人を獣の姿に変えて、戦を……?

「レノンはそれを了承したのね……?」

 レノンもレノンだ。そんなこと、引き受けるなんて!

「多分、力づくで……と思うわ。あの人、レノン様のお宅を滅茶苦茶にしたらしいの……」

 そういって哀しげに俯くオレーリアを見て、私は思い出す。

 訪ねに行ったら室内が滅茶苦茶になっていた日があった。

『強盗が入った』とか言っていたけど、あれがそうなんだとようやく気付いた。


(力づくで、無理矢理ならきっとレノンは作らない)

 だけど――力や権力で屈する人じゃない。

 そんなことで作るなら、彼ならきっとこの国を去るか自害をするだろう。

(なのに……結局、了承してる)


 レノンはまさか――


「オレーリア……昼食会ででる菓子、特にゼリー菓子は避けて」

 あれは見た目、ゼリー菓子と出されても分からない。

 毒を盛るとしたら、いま彼が一番作りやすいゼリータイプにすると睨んだ。

「分かったわ。飲み物も気をつけてもらったほうが良いわよね?」

「飲み物は協力者がいないと難しいと思う……」

 けど、念をいれておいてと頼む。

「私、どうにかしてもう一度、レノンと接触してみるから」


 私はそうオレーリアに頼むと踵を返し、兄とコニーのいる控え室へ向かった。

 協力者が必要だ。


(だめ、だめよ、レノン! 早まったことしないで!!)









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