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レノンの嘘と口づけ(3)

「怖い顔」


 レノンが私に困ったようにそう言う。

「私の怖い顔、見慣れてるでしょ」

 そうやって誤魔化そうなんて、そうはいかないんだから。

「うん、そうだね。……でも、男になったら『女のステラの怒った顔』じゃなくなる」

「……それは嫌なの?」

「僕は、どんな顔のステラも好きだよ……でも、 これで・・・見納めになるのは……寂しいかな……」

 グラスから離れたレオンの手が、私の顔を包む。

 突然の行動に、私は肩を縮こませながら下がった。


 ――なのに、レノンは積極的に私に迫り頬を両手で包んだ。


「――レ……!?」

 ふわり、と軽い感触が唇にあたった。

 やや乾燥したレノンの唇。それがすぐに強く押し当てられる。


「……???」

 今、こうして私の唇を奪っているのは本当にレノンなんだろうか?

 信じられない。

 私とこんなことをしたいと、彼は思っていたの?

(いや! ちょっと待った!)

 トン、と軽くレノンの胸を押し出す。

 すると――彼は抵抗なく私から離れた。


 その呆気なさに私は彼は戯れに口づけをしたんだ、と勝手に思う。

 どうしてか――悔しい。

 それに哀しい。

 ごちゃごちゃな感情に自分でもどうしていいか、私はレノンの怒りをぶつけた。

「ど、どういうことよ……! レノン、貴方好きな人いるくせに! 欲求不満なら、まず片思いの相手に自分の気持ちをぶつければいいじゃない! 私を使うなんてサイテー!!」


「だから自分の気持ちを、ぶつけてみたんだけど?」


「……ほえっ?」

 変な声が出た。


 突然のレノンの告白に、私は全身固まったままだ。

 だけど――頭の中はめまぐるしく回転してる。

(ええと、好きな人に気持ちをぶつければって言ったけど……それは私を好き? ってこと?)

(いやいやいや! ちょっと待って? レノンが私を……好き?)

(聞いてないよ? って、今までそんな素振りってあった?)

(これが本気なら、私……どうすればいいの!?)


 私の戸惑いは、顔にしっかりと出ていたらしい。

 レノンが「ごめんごめん」と笑い出した。

「冗談だよ。ちょっと雰囲気に酔ったみたい」

「……えっ?」

「社交界って、結構こういうゲームとかあるんでしょ? 疑似恋愛的な。それを経験してみたかったんだ。ほら、ステラだったら結婚式まで行ってるからキスの一つや二つ、経験済みじゃない?」

 可笑しそうに笑いながら話すレノンを見て、私の心が冷えていくのを感じた。

 一気に氷点下に落とされ――そして、また一気に沸騰する。

「……何? それじゃあレノンは、私がきっとそういうの経験してるから? そう思って、『ちょっと遊んでもいいかな?』なんて戯れに私にキスをしたわけ?」

「そういうこと」

 にやにやと笑いながら肩を竦めてこっちを見るレノンは、今まで見てきた彼と全然違う。

 人を小馬鹿にしたような、そんな表情で私を見る。

 かあっ――と、身体の内部から熱湯が沸き上がってきたようだ。

 それほど私は怒りで感情を爆発させ、そのままの勢いでレノンの頬を叩く。


「そ、そんな風に……思って、たなんて……! 私を何だと思って……っ!」

 叩いても気が済まない。

 怒りを必死に抑えようとしても、肩が上がってしまう。

 息が荒くなってしまう。

 ――目が霞んでしまう。


「見損なったわ……!」

 もう、この場にいられなかった。





「ステラ様……!?」

 けたたましく扉を開けて飛び出してきた私に、コニーは慌てて声をかけてくる。

 だけど、止まりたくない。

 こんな涙で顔がグチョグチョになってる私なんか、見て欲しくない。

 怒りとショックと哀しみで、顔以上に心がグチョグチョだ。

(レノンがあんなこと、するなんて……!)

 彼がこんな残酷な戯れをするなんて思ってもいなかった。


(馬鹿! レノンの馬鹿! 初めてだったのに……!)

 結婚式までキスさえなかった。

 オズワルトにそれが当たり前だよ、と言われて、真に受けていた私も世間知らずで大概だけど。

(もう、レノンなんか知らない! 心配したのに! あんな風にからかってくるなんて!)


 走りすぎて息があがった私は、ようやく止まる。

 そこでようやくコニーが、ついてこないことに気付いた。

 顔は涙でぐちゃぐちゃだ。私は扇で顔を隠しながら控え室に戻る。

 平静でいられなくて、それでもどうにか耐えながら部屋に入ると私は、その辺にあった布で顔をごしごしと拭った。

(……こんなこと、私が完全に男になったら絶対やらないんだから!! 女心をからかって……! 本気にしたのに……レノンなら……!)


「レノンなら……?」


(レノンなら、どうしていたの? 私……?)

 本気だったら許していたの?

「ステラさま~、もう! 全速力で走らないでくださいよ……!」

 控え室の扉が開いて、ゼエゼエと息を切らしながらコニーが入ってきた。

「あ、ごめ……」

 布から顔を上げた私を見て、コニーが悲鳴を上げながら震える。

「ぎゃっ……! ス、ステラ様……! ひっどい化粧崩れ!!」

「分かってるわよ」

 コニーは抱えていた図他袋をテーブルに置くと、急いで湯を申し立てる。


「……? コニー、その図他袋は?」

 こんな図他袋、どこからか持ってきたのか?

「これですか? レノン様から受け取ったお薬ですよ」

と、コニーは私のドレスを脱がしつつ答える。

 レノン、という名前を聞いて一瞬ムッとした私だったけど、薬が入っていると聞いたら「いらない! 捨てちゃって!」なんて言えない。

「『男性になる』薬?」

「ええ、そう言ってました」


 ――薬くれるの早くない?


 ガウン姿になった私は、図他袋の口を開いた。

「……何よ? この瓶の量」

 一つ一つ、割れないように布でくるんでいて、順番だろうか?

『1』『2』と数字が記されている羊皮紙が貼られていた。


「コニー、このことについてレノンは何か言ってなかった?」

「はい。『その番号順に瓶を開けていくように』と言付かってます」

「……他には?」

 コニーは、ちょっと考えてから口を開いた。

「特に……」

 私はくるんだ布を外し、確認する。

 全ての瓶は全部『男性になる』薬だ。

 完全に男性になるのは、最低三ヶ月って言っていた。

「これ……全部で三ヶ月分ってこと……?」


 どういうこと?


 体調を見て薬を作る、って言っていたのに、突然どうして一気に作ったんだろう?

(まさか……! 私にああいうことしようと最初からモクロんでいて、その後気まずくなると見込んで……?)

 いやいやいや――と否定に首を振る。

 だって、私がレノンがいる部屋に訪問したのは、最初から決まっていたわけじゃない。

 だから、レノンも驚いていた。


(レノンは私が舞踏会に出席するのを知っていたから、どこかで渡すつもりでもってきたのよね……?)


「……嫌だなあ……」

 また、悪い予感が足下からゾワゾワと這い上がってくる。

(これって……やり残したことがないように……ってとれるじゃない)

 突然キスをされて問題からそれてしまった。

(もしかしたらキスも……?)

 王宮に来た目的を追求されそうになって?


(ああ……! 私のバカバカ! どうしてもっと冷静になれなかったの!?)


 ちっとも問題が解決されてないことに改めて気付かされた。






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